53話 依頼
「「「かんぱーいっ!」」」
夜。
街で一番大きな宿で祝宴が開かれた。
集まる人々はみんな笑顔で、たくさんのお酒を飲んでいる。
そんな宴の中心にいるのは……俺達だ。
「ありがとうっ、本当にありがとう! 兄ちゃん達は、この街の恩人だ。兄ちゃん達がいなかったらと思うと、ゾッとするよ」
「この街の宿の名物料理、全部揃えたからね。たんと食べておくれ! ああ、もちろん、酒も色々と用意したよ。高級酒じゃないけど、この街で作ってるのもあって、どれもオススメだからね」
「よかったら、冒険譚とか聞かせてくれませんか!? 英雄様達の色々な活躍を聞きたいです!」
街の人々に囲まれるようにして、あれこれと接待を受けていた。
魔物の群れを掃討したことで、街の危機は去った。
そのことを感謝した街の人々が宴を開いてくれたんだけど……
「う、うーん……」
なんていうか落ち着かない。
こんな風に歓待を受けることなんて、今まで一度もなかったからなあ。
レティシアは勇者として活動をする時に、何度も歓待を受けていた。
しかし、俺はその度、外へ追いやられていた。
「ハルも参加したい? はぁ? なに言ってんの? キングオブ雑魚のハルは、なーんにもしてないでしょ。功労はゼロ。っていうか、マイナス。そんなハルが、宴に参加するなんておこがましいにもほどがあるんですけど。すっごい笑えるー」
なんて感じだったからな。
「ハル……苦労しているのね」
「今日は、ハルさんが主役ですからね! 思う存分に楽しんでください!」
アリスとアンジュに過去の話をすると、二人は涙ぐむような顔になり、次いで笑みを向けてきた。
今日は楽しんで、と言うように酒と料理を勧められる。
「ハル、このお酒、スッキリしてて飲みやすいわよ。飲んでみて」
「ハルさん。このお肉、ピリ辛なところがおいしいです。食べてみてください」
「えっと……自分で飲めるし、食べられるんだけど」
「ハルは主役なんだから、ここはあたしらに任せて」
「そうですよ。ハルさんは一番の功労者なんですから」
「……ナイン?」
「ふふっ、両手に花でございますね」
ナインはにっこりと笑う。
そのまま素直に二人の歓待を受けてください、と言っているような気がした。
「はぐはぐはぐっ! あむっ、あむっ、あむぅううう!」
「おーっ、竜の嬢ちゃん、いい食いっぷりだねえ」
「ほら、こっちにも肉があるよ。たんとお食べ」
「肉ばかりじゃなくて、野菜も食べた方がいいぜ。ほら、俺のところの畑でとれた野菜だ」
「肉も野菜も、全部うまいっす! 最高っす!」
サナの元気で気持ちのいい食べっぷりに、街の人々が癒やされるような顔をしていた。
正体がドラゴンだということを知りながらも、みんなであれこれと与えて甘やかしている。
サナは元気でとても素直な性格をしているから、たぶん、孫と接しているような感覚になるだろうな。
そんな魅力に骨抜きになっている様子で、街の人々はだらしのない笑みを浮かべている。
「あれ?」
シルファの姿が見えない。
宴が始まった当初は、マイペースに料理を食べていたような気がするんだけど……
気がついたら姿を消していた。
「どこに行ったんだろう?」
気になるんだけど、
「ハルぅ……! 前々からぁ思っているんだけどぉ、ハルってば、自己ひょーかが低すぎなのよぉ。もっと自信を持ちなさい、自信をっ!」
「うぅっ、ぐすっ……すみません、ハルさん。私、ダメな聖女ですよね、ダメダメですよね……もっとがんばります。虫くらいは役に立てるようにがんばります、ぐすっ」
説教魔と化したアリス。
そして、泣き上戸となったアンジュに挟まれているせいで、シルファを探しに行くことはできないのであった。
――――――――――
ひだまり亭の二階から見える湖。
その近くに広がる森にシルファの姿があった。
頭の上にシロを乗せて、その状態で、骨付き肉を頬張っている。
頬についているソースが、ちょっと間抜けである。
時折、頭の上のシロに肉をおすそ分けしていた。
場所が場所でなければ、微笑ましい光景だったかもしれない。
しかし、人一人いない夜の森でそんなことをしているシルファは、かなり不気味だった。
「……お前はなにをしている?」
不意に声が響いた。
いつからそこにいたのか、シルファの後ろに影が現れる。
深いフードを被っているため、顔は見えない。
ただ、声から男であることが推測できた。
「ごはんを食べているよ」
シルファは動揺することなく、肉を食べながら淡々と答えた。
「なにを呑気なことを……お前はやる気はあるのか? 我らの主に対する忠誠は、ちゃんと持ち合わせているのか?」
「あるよ? だから、この前も、ちゃんと仕事をしたよ」
「まあ、ジンという裏切り者を始末した手腕は、さすがの一言に尽きるが……やれやれ。そのマイペースなところを治せば、ナンバーワンの実力者になれるかもしれないというのに」
「それは別に興味ないかな。実力とか、どうでもいいよ。シルファは、生きていくためにこの仕事をしているだけだから」
「好きにしてくれ。どちらにしても、俺のような連絡役には関係ないことか」
「それで、どうかしたの? あなたの気配を感じて、話がしやすいところに移動したんだから。話があるなら、早くしてほしいかな。でないと、ごはん、なくなっちゃうよ」
「本当にマイペースな小娘だな……まあいい」
影は仕切り直すように咳払いをしてから、言葉を続ける。
「新しい仕事だ」
「早いね。もうしばらく、ここで待機するのかと思っていたよ」
「主の命令だ」
「ふーん……いつも通り、殺せばいいの?」
「ああ、そうだ。それが我ら暗部の仕事だ」
「ターゲットは?」
「ハル・トレイター」
「……」
「最近、一緒にいるそうだな? ヤツの素性は知っているか?」
「詳しくは知らないかな」
「ジンが下手打ったのも、ヤツが深く関わっているらしい。故に、我らが主は危惧された。念のために、災いの芽を摘み取っておくことにした……というわけだ」
「なるほどねー。条件は?」
「報酬はいつも通り。殺し方は任せる。時期についても、これも任せる。お前が最適と思うタイミングで行動して、確実に仕留めろ」
「うん、了解」
シルファはコクリと頷いた。
ハルを殺す依頼を持ちかけられたというのに、特に迷うことはない。
それが彼女の本来の顔……殺し屋の姿なのだろう。
「任せたからな」
影はそう言い残して、姿を消した。
最初から存在していなかったかのように、なんの痕跡も残っていない。
一人になったシルファは空を見上げる。
「次のターゲットは、ハルなんだ」
淡々とした口調だ。
相変わらず、なんの感情もこめられていない。
ただ、シルファは胸にチクリとした感情が差すのを覚えた。
「なんだろう、これ?」
しかし、その正体がわからず……
深く考えることなく、さらりと流してしまう。
夜空では、月が静かに輝いていた。
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