536話 負けていられない
今、本当の意味で世界を知ることができたような気がした。
こんなにも広くて、大きくて。
その中で、俺達人間はとても小さくて……
でも、一生懸命に生きている。
前に進んで。
時につまづいて、後退してしまうこともあるかもしれない。
でも、立ち上がり、再び歩き出す力を持っているはずだ。
この景色を見ていると、自然とそう思うことができた。
「負けていられないな」
やっぱり、神様を止めないといけない。
改めて決意を固めた。
「あと5分くらいで展望台に到着するよ」
「長いようで短いわね……」
「って……ちょっとまって? 宇宙って、空気がないんでしょ? 私達、死んじゃうじゃない!」
「はっ、そ、そうですね!? 大変です!」
そういえばそうだ!?
今更だけど、大変なことに気づいた。
慌てる俺達を見て、フランが苦笑する。
「大丈夫だよ。空気がないと、人間を模して作られている私達も生きていけないからね。展望台は、ちゃんと空気が送り込まれているから。あと、重力も作られているよ」
「よかった……」
ほっ、と安堵する。
そんな話をしているうちに、昇降機がゆっくりと減速。
ややあって停止した。
昇降機の扉が開いて、展望台に降りる。
「これは……」
「わぁ、綺麗ですね」
ここは本当に展望台なのだろうか?
その名前からはぜんぜん想像できない光景が……花が咲いて、草木が広がっていた。
見たことのない植物。
見たことのある植物。
馴染みがあるようで、馴染みのない光景。
「ふーん……展望台っていうから、もっとシャープな感じの場所を想像してたけど、ぜんぜん違うわね」
「これ、なにか意味があるのかしら?」
「特にないよ」
フランがあっさりと言う。
「これは、単なるママの趣味」
「趣味……なの?」
「うん。ガーデニングが趣味なんだ。だから、一番長くいる場所をこんな風にした、っていうわけ」
納得できる話だけど……
なんだろう?
あまりにも人間臭い。
作られた存在で、世界の管理者と名乗るのならば、そんな余裕は持っていないと思っていたんだけど。
神様もまた、人間を模して作られている?
……これなら、もしかしてうまく説得できるか?
一度は失敗したけど。
二度目は成功するかもしれない。
できる限り、戦いは避けたいからね。
そして……
「どうして、あなた達がここに?」
展望台の奥。
開けた場所に神様の姿があった。
以前、話した時と変わらない。
穏やかな表情をしていて。
特別なオーラを発することもなくて。
ただ、自然な感じでそこに立っている。
彼女の周りに妙な物が浮いていた。
長方形のボードのようなもの。
その中に、ここではない別の景色が映されている。
よくわからないけど、あれで世界の細かいところを監視しているのだろう。
「フラン、これはどういうことですか?」
「えっと、ね……ママ、もう一回、みんなと話をしてくれないかな?」
「……」
「私はママの子供のようなもので、使命も忘れていないんだけど……でも、そうした方がいいって思ったんだ。そうするべきだ、って」
神様に造られたフランが、神様に提言する。
それは、普通ならば絶対に無理なこと。
システム的に不可能。
可能になったとしても、とてつもない度胸と覚悟がいるはず。
それでも、フランはやってのけた。
自分が正しいと思うことをしてみせた。
それに対して、神様の答えは……
「……ふう」
「ママ?」
「あなたは、調整ではなくて初期化をしなければいけないみたいですね」
神様はそう呟いた。
呆れたように。
落胆したように。
軽く手を振る。
ふわっと光があふれて……
「……あっ……」
光がフランを貫いた。




