519話 対話
「ようこそ、愛し子達よ」
女性の声は楽器を奏でているかのように綺麗なものだった。
思わず聞き惚れてしまう。
「あなたは……」
「私は、あなた達、愛し子が神と呼ぶ存在です。大げさなので、あまり好いてはいないのですが」
そう言うと、女性は苦笑してみせた。
こう言ってはなんだけど、とても人間味のある反応だ。
今までの話を聞いた限り、もっと無機質で冷たいものを想像していたんだけど……
「お茶を用意しました。どうぞ」
「えっと……」
椅子に座り、女性と対面する。
みんなもそれに続いた。
ちょっと迷ってから紅茶に口をつける。
普通に美味しい。
今まで味わったことがないとか、紅茶とは思えない不思議な味がするとか、そんなことはない。
どこにでもある紅茶だ。
神様も紅茶を飲むのか。
「「……」」
フランとフラメウは少し離れたところに控えていた。
さすがに同席することはないか。
「どうですか?」
「え?」
「一応、自慢の茶葉なのですが……」
「あ、はい。美味しいです」
「よかった」
女性は嬉しそうに微笑む。
「……なんか、イメージと違うっすね」
「……こら、そんなこと言わないの。聞こえたらどうするのよ」
すでに聞こえているからね?
でも、サナの意見に賛成だ。
とても神様という感じがしない。
気のいいお姉さんという感じだ。
「わざわざここまで来ていただき、ありがとうございます」
「歓迎してくれるんですか?」
「もちろん。フランとフラメウから聞いています。あなた達は争いを求めているのではなくて、対話を望んでいると」
「そう、ですね」
「ならば歓迎しましょう。愛し子の話を、考えていることを耳にすることは、私の義務でもあるのですから」
再び女性は優しく微笑む。
演技をしている様子は……ない。
たぶん、本心からの言葉だろう。
でも……
なんだろう、この違和感は?
誠実な人に見える。
言葉通り、対話を望んでいるように見える。
ただ、妙な感覚があった。
こちらを見ているようで、しかし、まったく別のところを見ているというか。
笑顔の裏に別の感情が隠されているというか。
小さな違和感。
いったい、これは……?
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
「もしかして緊張を? 気にしないでください。確かに、私は、あなた達愛し子から神と呼ばれている存在。ただ、実際はそのような大層な存在ではありません。システムの一部。かしこまる必要はありませんよ」
「……そのシステムについて教えてくれませんか?」
「わかりました」
女性は語る。
傷ついた星を癒やすために作られたシステム。
大戦を引き起こさないことも目的にされていた。
星の治療と、それと同時に、大きく低下した人間の文明レベルを引き上げる。
そのために各地で介入をした。
あるいは、逆に文明レベルが高くなりすぎないように調整、管理をした。
「……と、簡単にまとめるとこのようなところでしょうか? 詳細を語ると、かなりの時間を使ってしまいますが」
「いえ、大丈夫です。今のは、ただの確認なので」
事前に聞いた話と相違点はない。
たぶん、嘘は吐いていないのだろう。
実は世界征服を企んでいるとか、そんなばかなことを考えている様子はない。
いい人……に見えるんだけど。
でも。
なんで、こんなにも胸がざわつくんだろう?
「悪魔について、どう思いますか?」
「……彼らもまた、私が守らなければならない愛し子です」
対立していることを気にしているのだろう。
女性は鎮痛そうな表情を見せつつ、そう言った。
「過去、互いに刃を向けてしまいました。ただ、それは私の本意ではありません。不幸な誤解とすれ違いのせいだと思っています」
「戦うことは望んでいなかった?」
「はい」
即答だ。
「彼らには彼らの主張、思想がある。それは理解していましたが、しかし、システムである私はそれを受け入れることはできない。認めることはできない。故に、戦うことになってしまった。ただ……後悔はしています。他に道はなかったのか、と。だからこそ、今は嬉しく思います」
「え?」
「こうして、愛し子達と……あなたと同じテーブルについて対話をすることができる。刃を交わすのではなくて言葉を交わすことができる。そのことを、とても嬉しく思います」
これも本心からの言葉に思えた。
争いを望むことはなくて、相手の言葉を聞こうとして、分かり合おうとしている。
これなら魔王としての使命を果たす必要はないのでは……?




