509話 さらなる交渉を
「やっほー、よく眠れた?」
宿のラウンジに移動すると、すでにフランの姿があった。
他のみんなはまだ寝ているのか朝の準備をしているのか、ここにはいない。
「フランって、朝早いね。俺が一番だと思っていたのに」
「夜は特にやることないからね。早く寝ちゃうんだ」
天使は人に似せて作られている。
だから睡眠も必要とする。
資料を調べて。
話を聞いて。
少なくとも、天使は俺達人間と大して変わらないような気がした。
価値観は大きく違う。
でも、その溝を絶対に埋められないと言うほどじゃない。
慎重に、ゆっくりと、根気よく対話を重ねていけば、いずれ、互いのことをちゃんと理解できるような気がした。
もちろん、全てがうまくいくわけじゃない。
今のは理想で……
それに、アムズのような天使もいる。
うまくいくと思ったら、途中で酷い横殴りが入るかもしれない。
でも、最初から諦めるようなことはしたくない。
そのために……
「ねえ、フラン。ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん、なになに? 街を見て回る? 他の天使と話をする? あ、でもお姉ちゃんは今いないけどね」
「出かけているの?」
「警戒中。人間を招くなんて初めてだから、アムズのようなおバカさんが出てくるかもしれないからね。一番強いお姉ちゃんが見回りをしてくれているの」
「なるほど……会うことができたらお礼を言わないと」
「そんな必要ないよ? 当たり前のことをしているだけだし」
「その当たり前のことに感謝するのも、人間だから」
「ふーん、変なの」
彼女は人間を理解しているようでしていない。
でも、それは俺も同じ。
天使のことをまったく理解していない。
だから、もっともっと理解したい。
知りたい。
「あ、そうそう。お願いってなに?」
「……神様と話ができないかな?」
瞬間、空気が変わる。
ピリピリと張り詰めたようなものに。
フランは敵意を隠すことなく、こちらを睨みつけていた。
「ママに危害を加えるつもり?」
「違うよ」
彼女が警戒するのは当たり前だ。
俺は魔王で、かつて、神様に弓を引いたのだから。
納得してもらえるように、丁寧に説明をする。
「俺は今のところ、天使と……神様と積極的に敵対するつもりはないんだ」
「え、そうなの?」
「今のところは、だけどね」
色々なことを知り、今はまだ、敵対しない方がいいと判断した。
もしかしたら手を取り合うことができるかも、と考えている。
魔王の記憶や魂は関係ない。
俺の考えだ。
「ただ、確たるものじゃないんだ。もっと色々なことを知りたいと思っている」
「……そのために、ママと話をしたい?」
「結局、一番それが手っ取り早くて確実かな、って」
「うーん……」
こちらの話を信じてくれたらしく、フランは敵意を消してくれた。
ただ、快諾はしてくれない。
迷い、悩んで、どうするべきか答えを出せない様子だった。
それも当然だ。
人間で例えるなら、神様は天上都市の領主のようなもの。
面会したいです、なんていきなり言っても許可が降りるわけがない。
複雑な手順と大きな信頼が必要になる。
「やっぱり難しい?」
「難しくは……ないよ。ちょっと時間はかかっちゃうけど、たぶん、ママなら許可を出してくれると思う。私やお姉ちゃんが護衛につかないとダメだけど……」
「うん、それは当たり前のことだから気にしないよ」
「ただ……他の天使がなんて言うか」
「他の天使?」
フランは迷うように間を置いた後、小さな声で話す。
「実のところ、天使も一枚岩じゃないんだ」
「天使なのに?」
「天使なのに。ほら、アムズの件があるからわかりやすいでしょ?」
「あー……」
確かに、アムズは好き勝手やって暴走していた。
そして、それをフランはよしとしなかった。
「人間を真似して作られて『個』があるから、絶対的な意思統一ができるわけじゃないんだ。意思のない古いタイプは別だけどね」
「それじゃあ……もしかして、俺達の来訪すら快く思わない天使が?」
「いるよ」
少しゾッとする話だった。
天使だから約束は守ってくれるはず。
危害は加えないはず。
そう信じていたけど、その前提が崩れてしまう。
もしも牙を剥いてきたら、その時は……
新作始めてみました。
『執事ですがなにか?~幼馴染のパワハラ王女と絶縁したら、隣国の向日葵王女に拾われて溺愛されました~』
こちらも読んでいただけると嬉しいです。




