50話 災厄
翌日。
空は綺麗に晴れていた。
温かい日差しが心地いい。
気分の良い天気なんだけど……
それと反比例して、街が騒がしい。
顔色を変えた人が、あちらこちらを行き交っている。
南に向けて、逃げるように馬車を走らせる人もいた。
「どうしたんだろう?」
「みなさん、ひどく慌てていますね」
「あっ、みなさん!」
アンジュが小首を傾げていると、ひだまり亭で接客を担当する三編みの女の子……ミーシャが駆けてきた。
こちらも、他の人たちと同じように、ひどく慌てた様子だ。
「みなさんは、確か、北に向かっているんですよね?」
今朝、朝食をいただく時にそんな世間話をした。
「迷宮都市に向かう馬車なんですけど、全部、出発延期になったみたいです」
「えっ、どうして?」
「理由はわからないんですけど、ここから北にある森で、大規模な火災が起きたみたいで……」
冒険者が野営の火の後始末を忘れて……なんていう話は、稀にあるらしい。
そういう類の原因なんだろうか?
「火災は魔法使いの人が派遣されて、鎮火されつつあるんですけど……」
「他に問題が?」
「森に住んでいた魔物が火に追われて、南下……この街に向かっているみたいです」
迷宮都市に到着する前に、こんなトラブルに見舞われるなんて……
俺、呪われているのかな?
ついついそんなことを考えてしまう。
「この街は、どうするのかしら?」
アリスが慌てふためく周囲の人を見つつ、ミーシャに問いかける。
「うーん……どうなるんでしょう?」
「わからないの?」
「この街の領主さまって、けっこう遠いところにいるんですよ。連絡をとるとしても、一週間くらいかかっちゃうんです。でも、魔物は明日にでもやってきそうな勢いみたいで……だから、領主さまの決定を待つことはできなくて、みんな、それぞれの判断で動いていますね。今のところ、半数近くの人が避難するみたいです。やっぱり、命あっての物種ですから」
「ミーシャちゃんはどうするの?」
「うちは……避難するための馬車は持っていませんし、逃げる先もありませんから」
ミーシャは困った顔をしつつも、俺たちに心配をかけまいとしているらしく、笑う。
ちらりと周囲を見る。
慌てた顔をして逃げる準備をしているのは、裕福そうな人であり、また、馬車を持っていそうな人たちだ。
宿を営み、この街以外に行き場がないと思われる人たちは、不安そうな顔をして……しかしどうすることもできず、ただただじっとすることしかできない。
嵐が過ぎ去るのを待つような思いなんだろう。
天災が相手なら、どうしようもないんだけど……
でも、魔物が相手だというのなら、なんとかなるかもしれない。
「アリス、俺……」
「「ここの人たちを助けたい」」
アリスとアンジュが揃って言う。
「ふふっ、ハルの言うことなんてお見通しよ」
「ハルさんは、とても優しい方ですから。私にも、そんなハルさんのお手伝いをさせてください」
ナインとサナも頷く。
「非力な身ではありますが、ハルさまのお力に……」
「自分は師匠の弟子っすからね! 師匠がやるっていうのに、自分だけやらないなんてこと、ないっす」
「……」
みんなの返事を受けて、ついついぼーっとしてしまう。
アリスが不思議そうな顔に。
「どうしたの、ハル?」
「あ、いや……こうして優しくしてもらえることに、未だ慣れなくて……なんか、罵声に慣れすぎていたからさ。普通の台詞が飛んでくるなんて、まだ新鮮に感じるよ」
「ハルってば、ホント、すごい人生送ってきたのね……」
「それなのに、レティシアさんの変化の原因を探ろうとするなんて……もしかして、私よりも聖女にふさわしいのでは?」
「あの……みなさん、なにを……?」
俺たちの会話を聞いていたミーシャが、戸惑いがちに尋ねてきた。
みんなの意見は一つ。
俺が代表して、それを口にする。
「俺たちが、この宿場街を守るよ」
「えっ!? で、でも、報酬なんて出せないですし、なによりも危険です!」
「大丈夫よ」
アリスが優しく笑いながら言う。
「報酬は、ひだまり亭に泊めてもらって、おいしい料理を食べさせてくれれば十分」
「あと、ハルさんは規格外の魔力を持っているので、そこらの魔物の群れなんて敵ではありませんから」
「規格外というか、アホみたいな魔力っすよねー」
そこ、例えが悪いから。
「そんなわけだから、あたしたちに任せておいて」
「でも……」
ミーシャは、とても心配そうな顔をする。
五人で魔物に立ち向かうなんて言われても、勝てるわけがないと考えているのだろう。
正直なところ、俺もそう思う。
相手がどれだけの数かわからないけど……
街を捨てて逃げる人がいるほどだ。
スタンピードに匹敵する数なのかもしれない。
でも、なにもしないうちから諦めるようなことは、もうやめようと思う。
今までは、どうしようもないと、レティシアの言うことに従っていたけど……
そういう、自分で自分の考えを放棄するような真似は、もう終わりだ。
どんな流れになろうと、自分の足でしっかりと歩いていきたい。
「一応、ここに滞在している、他の冒険者にも声をかけてみようか。ひょっとしたら、協力してくれる人がいるかもしれない」
「そうね。みんなで手分けして、集めてみましょうか」
「あ、あのっ」
ミーシャが大きな声を出す。
「私も手伝います!」
「えっと……うん。じゃあ、よろしく」
「はいっ」
「とりあえず、時間も限られているだろうから……30分後に、またここに集合ということで。問題は?」
みんな、ないと言うように首を横に振る。
「なら、30分後に。この街のために、がんばろう!」
「「「おーっ!!!」」」
――――――――――
30分後。
声がけが終わり、俺たちは元の場所に集合するのだけど……
「よろしくね。シルファ、がんばるよ」
「「「……」」」
集まったのは、シルファ一人という、とてもひどい惨状だった。
他にも冒険者はいたのだけど……
「魔物の群れは100匹以上いるんだぞ!? そんなのに立ち向かえるわけないだろっ、死ににいくようなものだ!」
……というような感じで、全て断られてしまった。
唯一、協力してもらえたのはシルファだ。
昨夜と同じ泉でシロと遊んでいたところを捕まえて話をしたところ、ひだまり亭のごはん、食べ放題で手を打ってくれた。
シルファの場合、手伝ってくれる理由が、好意からなのか食欲からなのか、ちょっと判別がつかない。
「えっと……シルファって、冒険者なの?」
「ううん、殺し屋だよ」
「「「……」」」
みんながちょっと引いていた。
「……冒険者じゃないのなら、カードは持っていないわよね?」
「カード?」
「レベルや職業が記載されたものなんだけど」
「持ってないよ。ただ、ついこの前、レベル40の冒険者を殺したよ。だから、それなりに強いと思うよ」
「「「……」」」
冗談か本気か区別がつかず、再びのドン引きだった。
待てよ?
そういえば、ジンもレベル40くらいと聞いていたけど……
……まさか、ね。
「と、とりあえず……今は、人手は一人でも多い方がいいわ。この際、シルファにも手伝ってもらいましょう」
殺し屋の部分はスルーして、アリスがそう言う。
他のみんなも、賛成と言うように頷いた。
その後、俺たちは町長のところへ。
事情を説明すると、涙を流して感謝された。
まだ解決したわけじゃないから、感謝は後で。
簡単な打ち合わせをして……
女子供、老人たちは、頑丈な教会へ避難を。
戦う力がある男などは、その教会の回りに防衛網を築く。
100を超える魔物に意味はないかもしれないが……
一応、最後の防衛ラインを築いておいた方がいい、という判断を出した。
もちろん、彼らに戦わせるつもりなんてない。
俺たちで、全部、片付けないと!
強い決意を宿して、魔物の群れが近づいているという街の北出口へ移動した。
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