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5話 イメチェン

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 あれから、30分くらい経っただろうか?


 俺は、アリスの胸で泣いて……

 アリスは、それをしっかりと受け止めてくれた。


 おかげで落ち着くことはできたが、我に返ると、ひたすらに恥ずかしい。

 穴があればそこに入り、蓋をして引きこもりたいくらいだ。


「ふふっ、ハルってばかっこいいだけじゃなくて、意外とかわいいのね」

「かわいいとか、やめてくれ……っていうか、かっこいい? 冗談だろう?」

「え? なんで、そんな冗談を言わないといけないの?」


 どうやら、アリスは本気で言っているらしいが……

 俺がかっこいいなんて、理解できない。

 常にレティシアから罵倒されて、ブサイクであると言われ続けてきたからな。


「キングウルフを倒した時なんて、すごくかっこいいと思うわ。自信に満ちあふれていたもの」

「あれは……一度倒したことがあるから、今回もうまくいくだろう、っていう自信があったから……」

「いつも、あれくらい堂々としていればいいのに。そうすれば、今よりも、もっとかっこよくなるわよ?」

「そういうものなのか?」

「そういうものよ。外見は確かに大事だけど、それ以上に大事なのは心。心を綺麗に強くすれば、自然と外見が引き締まるものよ」


 俺がかっこよくなるなんて、まるでイメージできないが……

 ただ、アリスの言うことは一理あるような気がした。


 かっこうよくなりたいとか、女の子にモテたいとか、そういうことを考えているわけじゃない。

 ただ、レティシアと完全に決別するために。

 今まで、バカみたいにレティシアを信じようとしてきた俺とさようならをするために。

 少しは、前向きになってもいいんじゃないかと思った。


「すぐに変えられるかどうか、それはわからないが……うん。意識してみるよ」

「そうそう、その意気よ。ついでだから、髪を切ってみたら?」

「髪?」

「正直言うと、その髪型はないかなー、って感じなんだけど」

「そう……なのか?」


 俺の髪は長く、目にかかるほどだ。

 おかげで、顔の半分が隠れている。


 視界が制限されて、あまりいいものではないのだけど……

 ただ、レティシアが珍しく褒めてくれたんだよな。


「いーい? ハルは、髪を伸ばした方がいいわ。後ろだけじゃなくて、前も伸ばすの。そうすれば、まともに見られないハルの顔は、少しマシになるわ。だから、髪を伸ばしなさい。いいわね? ふふっ」


 なんてことを言われたな。


 冷静になって考えると、褒められているかどうか非常に微妙ではあるが……

 あの時はうれしくて、以来、髪を伸ばすようにしてきた。


「そうだな……じゃあ、髪を整えてみるか」

「なら、あたしがやってあげようか?」

「え? アリスは、理容師なのか?」

「実家が理容師で、ちょくちょく手伝いをしていたの。だから、本格的なものは無理だけど、整えるくらいならできるわよ」

「じゃあ、お願いしようかな」

「うん、了解」


 椅子に座り、ベッドのシーツを首に巻いた。

 そして、ハサミと櫛を持つアリスが後ろに立つ。

 準備完了。


「お客さん、今日はどんな風にする?」

「ははっ、どうしたんだ、いきなり」

「この方が雰囲気出るかなー、って」

「確かに、それっぽいな」


 アリスといると楽しいというか……

 自然と笑うことができる。


 俺、こんな風に笑うことができるんだな。

 レティシアと一緒にいた頃は、笑った記憶なんて、最近は一度もない。


「とりあえず、アリスに任せるよ。好きにしてくれ」

「好きに……剣で、えいやっ、ってやってみてもいい、っていうこと? アレ、かっこよさそうだから、一度やってみたかったのよねー」

「……それは勘弁してくれ」

「あははっ、冗談よ。ちゃんと、普通にハサミでやるから」


 アリスは楽しそうに言い、俺の髪にハサミと櫛を入れる。

 ほどなくして、チョキチョキという音と共に髪が切られていく。


「んー……やっぱ、前から横を整える感じで……」


 時折、考えるように手を止めつつ、アリスはハサミを動かしていく。

 その手付きは慣れたものだ。

 実家が理容師というのは、本当のことなのだろう。


「アリスは、どうして冒険者になったんだ?」


 じっとしているだけなのもヒマであり、そんな話題を振る。


「実家を継ごうとは思わなかったのか?」

「んー……それも考えたんだけどね。けっこう迷ったんだけど、冒険者になることを選んだの」

「それは、どうして?」

「自分で言うようなことじゃないんだけど……誰かのためになりたい、からかな?」

「誰かのために……」


 アリスの言葉は、不思議と胸に深く響いた。


「冒険者って、基本的には人助けでしょう? 理容師は誰かのためにならない、なんてことを言うつもりはないんだけど、でも、できることは限られている。人を助けることは難しい。ならあたしは、人を助けることができる冒険者をやりたい。そう思ったの」

「……すごいな」

「え、なにが?」

「俺、そんな風に考えたことなかった」


 冒険者になったのは、レティシアに誘われたからだ。

 一緒に勇者になろうという約束をして……

 その夢を叶えるためだけに、冒険者になった。


 誰かのために、なんて考えたことがない。

 そう思うと、俺は、ひどくちっぽけな存在に思えてきた。

 アリスと比べると、志のない、なんてダメな男なのだろう……


「ハルは立派だと思うよ」

「え?」

「どんなことを思うのか、っていうことは大事だと思うけど……それよりも、実際にどう行動をするか、っていうことの方が大事でしょう?」

「それは……」

「ハルは勇者パーティーの一員として、色々な依頼をこなしてきた。ハルは自分のことを弱いって言ってたけど、実際はそんなことはなくて……ものすごく強くて、たぶん、誰よりも活躍してきたと思うわ」

「……」

「志がなくても、ハルは、誰にも真似できないことをしてきたの。それは、誇っていいいことよ。あたしが保証する」


 まだ出会ったばかりなのだけど……

 アリスの言葉は、いつも優しい。

 とても温かくて、心をゆっくりと甘やかしてくれる。


「ハル、どうかした?」

「……いや、なんでもない。髪、頼むよ」

「オッケー、任せてちょうだい」


 アリスは楽しそうに言い、チョキチョキと髪を切る。

 その音は、どこか心地よく感じられた。




――――――――――




「はい、完成」

「おぉ」


 手鏡を渡されて、自分の顔を見る。

 目元にかかっていた前髪が消えて、綺麗に整えられていた。


「ありがとう。けっこうスッキリしたよ……って、アリス?」

「うーん」


 じっと、アリスがこちらを覗き込んできた。


「ど、どうしたんだ?」

「むぅ」

「もしかして、失敗したとか……?」

「あ、ううん。そういうわけじゃないの。心配させたなら、ごめん」


 ぱたぱたと手を横に振り、言葉を続ける。


「ハルって……イケメンなのね」

「……なんだって?」

「野暮ったい髪で隠れててわからなかったけど、けっこうなイケメンよ。なによ、ちょっとドキドキするじゃない……いいかも」

「お世辞はいいよ」

「いや、本心だから。ハルは、とてもかっこいいと思うわ。それとも、なに。あたしの言葉を疑うつもり?」

「そんなつもりはないんだけど……」


 いきなりそんなことを言われても、実感が湧いてこない。

 レティシアにけなされる日常が当たり前だったからなあ……


「とりあえず、ありがとう。イケメンかどうかはともかく、スッキリしたよ」

「どういたしまして。金貨20枚になりまーす」

「たかっ!?」


 一般的な商人の一ヶ月分の収入じゃないか。

 くっ、しかし、髪を切ってもらったのに代金を踏み倒すわけには……


「ちょっと、本気で払おうとしないでよ。冗談よ、冗談」

「そう、なのか……?」

「当たり前でしょ。まったくもう、こんな冗談を真に受けちゃうなんて……ハルってば、けっこう危うい性格なのかしら?」


 やれやれという感じで、アリスは肩などに落ちた髪の毛を掃除してくれる。

 それが終わり、俺は立ち上がり、杖を手に取る。


「どうしたの? もう夜なのに、どこかに出かけるつもり?」

「ちょっと約束があるんだ」

「……一人の方がいい?」

「そうだな。一人じゃないとダメだと思う」

「よくわからないけどさ」


 決意を胸に出かけようとする俺に、アリスが優しく声をかけてくれる。


「ハルは、ハルだから」

「俺は……俺?」

「たまに、ハルってば、誰かのものになっているような、無機質な目をしていたから。あたしの勘違いならいいんだけど……でも、もしもハルがなにかしら抱えているとしたら、これだけは忘れないで。ハルはハル自身のもので、他の誰かのものじゃないの」

「……うん、わかった。ありがとう」

「うん……じゃあ、いってらっしゃい」

「いってきます」


 自然とそんな言葉が出て……

 俺は、レティシアが待つ南門へ向かった。

本日19時にもう一度更新します。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[一言] ヤンデレ勇者に今一度の機会を与えたまえ❗
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