49話 やらかし勇者
「くうううっ……ハルのヤツ、ふざけたことをしてくれちゃって!」
レティシアは肩を怒らせながら、とある街を歩いていた。
ハルに罪を告発されたせいで、一週間、冒険者ギルドに拘束されるハメになった。
幸いというべきか、勇者の肩書のおかげで罪に問われることなく、解放された。
しかし、その間にハルたちは姿を消していた。
許せない裏切りだ。
騙すだけではなくて、またもや、置いていこうとするなんて。
ハルは自分のものなのに。
「もうっ……イライラするわね!」
レティシアは髪の先を指先でいじりつつ、舌打ちをする。
解放された後……
金に物を言わせて、高速馬車を利用した。
そうすることでハルたちに追いつこうとしたのだけど……
実際は、ハルたちが利用している宿場街を通り越して、さらにその先にある街にたどり着いていた。
そんなことを知らないレティシアは、ハルたちの姿を探して街を練り歩く。
「それにしても、ハルたちが見つからないどころか、情報の欠片すら見つからないわね……もしかして、この街にはいないのかしら?」
追跡の魔道具は見つかってしまったらしく、反応がない。
ハルたちが迷宮都市行きの馬車に乗ったという目撃情報を元に、追いかけているのだけど、なかなか見つけることができない。
この街にいないとなると?
すでに、迷宮都市にたどり着いているのか。
それとも、手前の街にいるのか。
悩みどころだった。
「……もう一回、ギルドで情報収集をしましょうか」
そう決めて、レティシアは街にある冒険者ギルドに足を運んだ。
――――――――――
「あー……めんどくさ」
街にいる時よりもつまらなそうな顔をして、レティシアは森の中を歩いていた。
その目的は、最近、この森に住み着いたという魔物を討伐すること。
ギルドで情報収集をしようとしたら、レティシアのことを知る職員に見つかってしまい、依頼を頼まれてしまったのだ。
断るという選択肢もあったのだけど、周囲にたくさんの冒険者がいたため、弱者の味方である勇者としては断ることはできない。
そうして依頼を引き受けて……
今に至る、というわけだ。
「えっと……依頼は、この森を住処にしたソードウルフの駆逐ね」
ソードウルフというのは、レベル30相当の魔物だ。
最低10匹以上の群れで動き、ボスが群れを管理する。
狩りを群れで行うだけではなくて、木や草を使い、頑丈な巣を形成するという特徴を持つ。
一般的な冒険者からしたら強敵ではあるが、勇者であるレティシアからしたら雑魚だ。
10匹いようが何匹いようが、敵ではない。
「あたしの勘と経験によると、この辺に巣があると思うんだけど……おっ、あったあった」
森の木々に囲まれるようにして、ソードウルフの巣が見えた。
倒木などを積み重ねており、なにも知らない者が見れば、瓦礫の山に見えるかもしれない。
「巣は見つけたけど……肝心のソードウルフの気配がないわね? 狩りに出ているのかしら」
レティシアはげんなりとした顔に。
ソードウルフは群れ単位で行動をして狩りをする。
群れの数の食料を得ないといけないため、さらに時間がかかる。
いつ戻ってくるのか?
そのことを考えると、めんどくさい、と考えてしまうレティシアだった。
「戻ってくるのを待つとか、ちょっとありえないめんどくさいよね。んー」
さて、どうしようか?
ソードウルフが戻るのを待つことはめんどくさい。
かといって、どこで狩りをしているかわからない相手を探し回る方が、もっとめんどくさい。
そうして考えていると……
ふと、レティシアの頭を凶暴な思考がよぎる。
「……そっか。閃いちゃった」
にっこりと笑う。
とても楽しそうな笑みで……それでいて、途方もない悪意に満ちていた。
レティシアの足元から、うっすらと黒い霧のようなものがあふれている。
ゆらりゆらりと、揺れている。
彼女はそのことに気づくことはない。
自身の異変を、まるで感じ取っていない。
「要するに、この森からソードウルフがいなくなればいいのよね? 別に、いちいち探し回って潰す必要はないわよね?」
ここにハルがいたのなら、レティシアの異変に気がついただろう。
その瞳はどこか虚ろで、狂気を孕んでいる。
長く一緒にいたハルも、レティシアのこんな姿を見たことはない。
こんな現象が起きるなんてことは、一度も見たことはない。
しかしそれは、見たことがないだけだ。
ハルが知らないところで、レティシアは、度々このような姿を見せていた。
それは表に出さないように、ひた隠しにしてきた。
ただ、今はそれができないようになっていた。
自分の意思とは関係なく、発現してしまう。
おかしくなっている間は記憶がなくなり、なにをしていたかわからなくなる。
まるで、不治の病がゆっくりと進行しているかのように……
黒い『なにか』は、レティシアの体と心と……そして、魂を蝕んでいた。
「めんどくさいから、この森、まるごと燃やしちゃえばいいわよね。それがてっとり早いわよね。うん、そうしましょう」
常人が聞いたら、なんだって? ともう一度聞き返すであろうことを口にする。
勇者としての肩書きを持つレティシアは、普段は猫をかぶっている。
清廉潔白な勇者を演じていて、そのイメージから外れるような行動は絶対にとらない。
しかし、最近はその枷が外れつつあり……
文字通り、なんでもやるようになっていた。
「ファイア」
レティシアが初級の火魔法を唱えた。
ハルほどの威力はないが、それでも、彼女は勇者だ。
一般人よりは遥かに強力な炎が生み出されて、周囲の木々を燃やす。
「ファイア」
「ファイア」
「ファイア」
燃えるだけでは足りない。
消し炭にならないと満足できない。
そう言うように、レティシアは何度も何度も魔法を使う。
「ふふっ……全部燃えちゃえ」
そう言うレティシアは、ハルも知らない、ひどく歪な笑みを浮かべていた。
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