496話 立場と想いと
「……」
アンジュは公園のベンチに座っていた。
膝を抱えるように座っていて、間に顎を乗せている。
ちらりと見える顔は、ぷくーっと頬が膨らんでいた。
うん、わかりやすく拗ねているな。
「お願いします」
ここは任せます、とナインは一歩後ろに下がる。
そのついで、サナを羽交い締めにしていた。
……どうやってドラゴンのサナを力付くで抑えているんだろう? メイドの力かな?
「アンジュ」
「……」
隣に座るけど、アンジュの反応はない。
「お父さんと揉めたんだって?」
「……」
「これ以上の旅は反対された、って聞いているけど……」
「……」
むすーっとしているアンジュは初めて見たかもしれない。
ややあって、アンジュはちらりとこちらを見た。
いたずらをした子犬が主の機嫌をうかがうかのようだ。
「その……ごめんなさい。ハルさんはなにも悪くないのに、八つ当たりをしてしまって……」
「気にしていないよ。それよりも、アンジュのことを話してほしいな」
「はい……大体、ハルさんが聞いている通りです。私はこれからもみなさんと一緒に旅をするつもりで……でも、お父さまに反対されました。立場を自覚してくれ、と」
「立場か」
アンジュは聖女見習いだ。
本来なら巡礼の旅を優先するべきだろう。
仮に聖女を諦めるとしたら?
その時は、アーランド領主の後継者として、やるべきことをやらないといけないだろう。
立場っていうものは難しい。
時に、その人を縛る枷となる。
「お父さまの言うことはわかるんです。私は聖女見習いで、領主の娘で……」
「うん」
「でも、それでも……みんなと、ハルさんと一緒にいたいんです。がんばりたいんです」
「うん」
「こんなことなら……聖女見習いになんてなりたくなかった。領主の娘になりたくなかった」
「それは、うん、って頷けないかな」
アンジュが聖女見習いでなかったら?
領主の娘でなかったら?
俺達は出会うことができなかった。
どこかですれ違い、そのまま顔を合わせることもなく、他人で終わっていただろう。
ずっと。
「だから、その意見には賛成できないよ」
「……ハルさん……」
「今更、自分がいる立場を変えることはできないよ。変えてもいけないと思う。だから、しっかりと受け止めないといけないんじゃないかな?」
「……受け止める……」
「俺も……似たようなことを経験しているから」
魔王のこと。
本音を言うと、なんで俺? と思う時がある。
でも、逃げていても仕方ない。
目を逸らしても意味がない。
真正面から受け止めて、その上で解決策と最善を考えていかないと。
「もう一度、しっかりと話し合おう? 大丈夫、アンジュならうまくいくよ」
「そうでしょうか……?」
「ダメなら、また話をしよう。その時は、俺達も手伝うから」
「手伝ってくれるんですか……?」
「もちろん。俺だって、これからもアンジュと一緒にいたいからね」
「ふぁ」
ぼんっ、とアンジュの顔が赤くなる。
あれ? なんで照れているんだろう?
「って……い、今のは違うからね? そういう言葉に聞こえたかもしれないけど、でも、そういう意味じゃなくて……」
「……違うんですか? 寂しいです」
「え? それは……」
「ふふ、冗談です」
アンジュはにっこりと笑い、立ち上がる。
「ありがとうございます。ハルさんのおかげで元気が出ました」
「大丈夫そう?」
「はい、がんばります!」
ぎゅっと、アンジュは両拳を握り、やるぞーとアピールしてみせた。
かっこいいというよりも可愛い。
でも、それが彼女らしい。
「私、本当の素直な気持ちをお父さまにぶつけてみたいと思います」
「うん、その意気だよ」
……うん?
本当の素直な気持ちって、なんだろう?
「もしもダメだったら……その時は、ハルさん、責任をとってくれますか?」
「責任?」
「ふふ、なんでもありません」
アンジュがちょっとおかしいような?
「じゃあ、行ってきます」
「がんばってね」
「はい!」
新作始めてみました。
『執事ですがなにか?~幼馴染のパワハラ王女と絶縁したら、隣国の向日葵王女に拾われて溺愛されました~』
こちらも読んでいただけると嬉しいです。




