492話 おいでませ
「天使の街……?」
初耳だ。
そんなものがあるのだろうか?
「お兄ちゃんは私達のことを信用していない。でも、すぐに敵対するつもりはない。違う?」
「それで間違いないよ」
「よかった。なら、まずは私達のことを知ってもらおうかな、って」
「それで、天使の街に?」
「うん、招待するよ」
「……」
「あ、その顔、罠とか疑っている?」
「それは……まあ」
ついつい正直に頷いてしまう。
でも、この反応は当然の流れだろう。
敵本拠地に乗り込むようなものだから、まず最初に罠の可能性を疑う。
「信じられない? だよね」
「ごめんね。フランが和解を望んでいる、っていうのは、ある程度は信じられるんだけど……」
特に根拠はない。
ただの勘だ。
この子は嘘を吐かない。
天使とか関係なくて、そういう性格なんだと思う。
「他の天使がどう出るか。そこを考えると、どうにもこうにも」
将来はわからないけど、少なくとも今、フランが敵対することはない。
でも、他の天使はどうだろう?
アムズのようにふざけたことをしているかもしれない。
自分が正しいと信じて疑わず、無自覚の悪意を振りまいてくるかもしれない。
それを考えると心配だ。
「なら、私がお兄ちゃんの味方になるよ」
「え?」
「んー……わかりやすいから、魔法で縛ろうか。ほら、人間は奴隷に契約魔法を使うよね? あれと同じものを私に使っていいよ。そうすれば私はお兄ちゃんに逆らえないし、絶対に味方になる」
「どうしてそこまで……」
「お兄ちゃんを納得させるにはそれくらいしかないかな、って。あと、アムズが好き勝手やっちゃったお詫び」
「……そんなことをして、他の天使は納得するの?」
「するよ」
即答だ。
「言い訳みたいになるけど、アムズは例外って考えてほしいんだ。普通、あんな風に一人で考えて勝手に暴走しない。私達天使は、みんなの意見をまとめて行動するんだよ。だから、通常は不和なんてない。私の意見はみんなの意見と思って」
「そしてそれは、神様の意思?」
「うん、そうだね」
だとしたら、フランの言うことは信じられる。
天使のことを知ってほしいから、天使の街に招待する。
罠なんてない。
それは確かな話なのだろう。
でも、フランは全知全能じゃない。
事実、アムズの暴走を見抜くことができず、対応が遅れた。
そういうトラブルが起きないとも限らないけど……
可能性を考えたらキリがないか。
「……天使の街に行くのは俺だけ?」
「ううん。仲間も一緒でいいよ」
「なら、ちょっとだけ待ってくれない? 内容が内容だから、みんなにきちんと確認を取りたいんだ」
「オッケー。でも、お兄ちゃんも考えるの?」
「いや。俺は行くつもりだよ」
「ほんと?」
「天使のことを知るのに、これ以上ないくらい絶好の機会だからね」
「うんうん、そうやって合理的な考えをするお兄ちゃんは好きだよ♪」
こうして話していると、フランは普通の人と変わりないんだよな。
感情豊かで、子供らしく元気で……
とてもじゃないけど天使なんていう崇高な存在とは思えない。
天使の街に行けば、こうした違和感は解消されるのだろうか?
神様のことを深く知ることができるのだろうか?
俺は知らないといけない。
かつてはなにも知らず、ただただ感情の赴くままにレティシアを切り捨てた。
でも、それは失敗だった。
なにも知らなかったツケが後々で回ってきて……
過ちということを思い知らされた。
今は力を得た。
魔王という座を継いだ。
簡単に失敗することはできない。
そのためにも、俺は『知る』んだ。
「良い返事を期待しているよ、お兄ちゃん♪」
俺の心を見透かしたかのように、フランはにっこりと笑いつつ、そう言うのだった。




