48話 実は優しい?
シルファの拳技は、明らかに素人のものじゃない。
戦い慣れた玄人のものだ。
しかも、相当な修練を積んでいる。
殺し屋と言われたら、確かに……と納得してしまいそうだ。
「……気になる」
夜。
夕食を食べて部屋に移動した俺は、うろうろしつつ、シルファのことを考えていた。
シルファは、本当に殺し屋なのだろうか?
だとしたら、この出会いは偶然なのだろうか?
なにかしら狙いがあるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
もしも、本当なのだとしたら……
「あー……ダメだ。思考が堂々巡りしてきたかも」
ベッドに座り、吐息をこぼす。
そうして、できる限り心を落ち着けようとした。
「……寝よう」
考えていても答えが出てくるわけじゃないから、意味がない。
もう寝てしまおうと、明かりを消して、ベッドに横になる。
「……ねれないし」
どうしてもシルファのことが気になってしまい、眠気が訪れてくれない。
ベッドから降りて、気分転換に窓を開ける。
涼しい夜風が部屋に入り込んできた。
木の葉が擦れる音、虫の鳴く音、風の音……色々な音が重なり、楽器の演奏のように響いて、心地いい時間が流れる。
うん、ほどよく落ち着くことができた。
これなら眠ることが……
「あれ?」
窓の外にシルファの姿が見えた……ような気がした。
ほんの少しのことだったから、断定できない。
でも、見間違いということは考えづらいわけで……
「あーもうっ、あとちょっとで眠れるところだったのに、また気になってきた。すごく気になってきた!」
ここまできたら、もうダメだ。
考えないなんてことはできないし、見なかったことにもできない。
部屋を出て、そのまま宿の外へ。
そして、シルファの姿が見えた森へ向かう。
木々がたくさんあるわけではないから、月明かりのおかげで、夜でもそこそこ明るい。
足元はしっかりと見えていて、転ぶことはないだろう。
それでも、念のために慎重に進み、シルファを探す。
……見つけた。
湖のほとりにシルファがいる。
片手を湖に入れて、軽くパシャパシャとしている。
なにをしているんだろう?
不思議に思いながら、とりあえず様子を見守ると……
「あれは……?」
闇夜の中から、小さな影が飛び出した。
それはシルファに一直線に向かい……
「シルファ!」
「え?」
狙われていると思った俺は、急いでシルファの前に立つ。
影に手の平を向けて、魔力を練り上げて……
「なにをしているの?」
「なに、って……」
「あ、そっか。驚いているんだ。大丈夫、心配ないよ」
俺を押しのけて、シルファが前へ。
問題ないと言うように手を差し出す。
すると、影が月明かりの下に出る。
「……猫?」
魔物じゃないかと思っていたけど、そんなことはなかった。
綺麗な瞳と白い毛を持つ猫だ。
猫はシルファのところへ歩み寄り、その体を擦り付ける。
「よしよし」
「にゃー」
シルファに撫でられた猫は、どこかうれしそうな感じで鳴いた。
「……懐いている?」
「うん。シロはシルファの友達だよ」
「シロ?」
「この子の名前。ぴったりでしょ?」
安直すぎないだろうか?
いや、シルファが満足しているのなら、ケチをつけるつもりはないんだけど。
「シルファは、コイツをこの辺りで飼っているのか?」
「ううん。少し前に友達になっただけだよ」
「へぇ……野良猫って警戒心が強い、って聞いたことがあるんだけど。それなのに友達になることができるなんて、すごいな」
「この子、人懐っこいから。よしよし」
猫を撫でるシルファは、相変わらずの無表情だ。
でも、楽しそうな雰囲気は伝わってくる。
「かわいいでしょ?」
「そうだな、かわいいと思うよ」
「うん、かわいい」
満足そうなシルファは、猫を抱いてこちらに差し出してきた。
「ハルも撫でる?」
「大丈夫かな。嫌がったりしないかな?」
「この子はおとなしい子。たぶん、大丈夫」
「じゃあ……」
「にゃう」
そっと撫でると、猫が一つ鳴いた。
シルファの時と比べるとトーンが低いけれど、でも、機嫌が悪いとかそういう感じはしない。
「おぉ……かわいい」
「うん、かわいい」
シルファは猫を地面の上に置いた。
それから、野菜や肉の欠片を差し出す。
「はい、ごはんだよ」
「それは?」
「ひだまり亭でもらった。野菜とか肉の切れ端で、捨てるもの。リサイクル」
「へぇ」
猫のためにそんなことをするなんて。
シルファは、シロをかなりかわいがっているんだろうな。
「いい子、いい子」
猫を撫でて満足そうなシルファを見ていたら、彼女が殺し屋なのかどうか、気にならなくなってきた。
本当のことはわからないけど……シルファはシルファ、それでいいか。
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