470話 ユルセナイ
「……あぅ……」
体力の限界らしく、シルファがふらついた。
慌てて駆けより、その体を支える。
「大丈夫?」
「……ん……」
シルファは小さく頷いた。
今すぐにどうこうという危険はなさそうだけど、声を出す元気は残っていないみたいだ。
「みんな、シルファをお願い」
「は、はい!」
「もう大丈夫ですわ……よかった」
「ポーションあるっすよ」
みんな、それぞれに笑みを浮かべてシルファを介抱する。
シルファのことはみんなに任せておけば問題ないだろう。
俺は……
「ふむ……まさか、魔物と化した後で自我が残っているとは。これは予想外の結果ですね。こんなことはまるで予想していませんでした。実に興味深い」
「アムズ」
「実験は完璧だったはず。それなのに失敗した? その要因は……ああ、失礼。考え事をしていたもので。それで、なんですかな?」
どこまでもふざけたやつだ。
自分のしたことをなんとも思っていない。
悪いことをしたという意識が欠片もない。
天使だからなのか?
人間を管理する存在だから?
だとしたら、おこがましいにも程がある。
体の芯が熱い。
どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
それに支配されて、いつかのように自分を見失ってしまいそうだ。
あんな失敗は繰り返したくないのだけど……
でも、今は怒りが勝ってしまう。
「怖い目をしていますね」
殺気に近い闘気を放つけれど、アムズは平然としていた。
慌てず、うろたえず。
あくまでも落ち着いたまま、静かに問いかけてくる。
「私は、あなたと戦うつもりはないのですが……それでもやるつもりで?」
「もちろん」
「やれやれ……これだから人間は。いや、魔に染まった愚か者というべきか」
アムズはこれみよがしにため息をこぼしてみせた。
「私は無意味な争いは好まない。君が魔王であることは知っているが、しかし、今すぐにどうこうするつもりはない。それなのに、わざわざ君の方から戦いを挑んでくるとは。争いの火種を撒き散らして、闘争本能を満たして、そんなに楽しいですかな?」
「ふざけるな」
なんて自分勝手なことを。
「子供達を使って実験をして、俺の仲間に手を出して……そんなことをされて黙っていられるわけがないだろう!」
「しかし、私は戦うつもりは……」
「ああもう……」
まったく話が通じない。
天使っていうのは、俺達とまるで常識が違うのだろうか?
フランとフラメウはまだ話が通じたのに。
自分が正しいと信じて疑っていない。
そして、なにをしても構わないと思っている。
加害者なのに裁量を勝手に決めて、犯した罪をゼロにできると考えている。
怒りに飲み込まれたらダメだ。
ダメなのだけど……
でも、こいつだけは許せない。
「いくよ」
魔力を手に集める。
アムズに戦う気がないとか、そんなのは関係ない。
こいつは人間の敵だ。
ここで倒しておかないと、後でどれだけの被害が出ることか。
いや。
それだけじゃない。
後々のことは考えているけれど、それ以上に単純な感情があって……
シルファに手を出したことは、仲間に手を出したことは絶対に許せない。
「ファイアボム!」
魔法を放ち……
そして、戦いが始まる。




