469話 魂が拒絶する
「シルファ……なの?」
それはシルファであって、シルファではない。
宝石のような瞳。
サラサラで風に流れるような髪。
そういった特徴を残しつつも、体の半分くらいが魔物と化していた。
人を残しつつ。
しかし、魔物になっていて。
これがアムズの仕業だっていうのか?
だとしたら俺は……!
「ハルさん」
怒りに飲み込まれかけていたけど、アンジュに声をかけられて現実に引き戻される。
「シルファちゃんを助けましょう」
「大丈夫。私達ならできますわ」
「アンジュ、クラウディア……うん、そうだね」
アムズのことは許せない。
絶対に。
でも、今はやるべきことがある。
シルファを助けないと。
「とはいえ……ちょっとやばそうっす」
サナがたらりと汗を流していた。
その視線は常にシルファに固定されていて、一瞬たりとも外れることはない。
最大限に警戒しているみたいだ。
ドラゴンの本能がそうさせているのだろう。
今まで魔物になった子供達は強い力を持っていた。
そこらの魔物とは比較にならないほどの強さで、手加減せず、まともに戦っていたとしてもそれなりに苦戦していただろう。
ただの子供が魔物になって、それだ。
レベルの高いシルファが魔物になったとしたら、その力は……?
考えるだけで恐ろしい。
「アリス達がいてくれればよかったんだけど……」
入れ違いになっているのか、公園にアリス達の姿はない。
でも、泣き言なんて言ってられない。
やれることをやる。
そして、絶対にシルファを助ける。
それだけだ。
「さあ、その力を見せてください。思う存分に暴れなさい」
アムズの命令が下る。
「ガッ……!」
シルファは小さく鳴いて……
しかし、動かない。
こちらを睨みつけているものの、それだけ。
飛びかかってくるわけでも魔法を唱えるわけでもなくて、その場でじっとしていた。
様子を見ている?
いや、でも、そんな雰囲気じゃなくて……
「どうしたのですか? 早く戦いなさい。その力を私に見せるのです」
「……」
「聞こえていますか? 戦いなさい」
「……」
アムズにとっても予想外のことらしく、困惑した表情を浮かべていた。
なんだ?
なにが起きている?
状況を把握するために、俺はしっかりと場を観察する。
アムズを見て、シルファを見て……そして、気が付いた。
半分、魔物と化したシルファ。
ただ、その瞳には理性の光が残っていた。
彼女の意思を感じることができた。
「シルファ、まさか……」
こんな状態になっても自分を見失うことはなくて。
アムズの命令に逆らい。
俺達のことをずっと考えてくれている……?
みんなもそのことに気づいた様子で、驚きの表情を見せる。
「すごいっす……魔物になっても自分を保っているなんて」
「シルファちゃん、私達のことをちゃんと覚えて……だから、こうして自分に抗って……」
「まさか、こんなことが起きるなんて……奇跡ですわ」
「……ううん、違うよ」
これは奇跡なんかじゃない。
必然だ。
当たり前のことだ。
シルファの意思が。
そして、俺達の絆が勝ったんだ。
そうだ。
負けるわけがない。
アムズの卑劣な策に飲み込まれるなんてこと、あるわけがないんだ。
「シルファ、じっとしてて」
「……ゥ……」
わずかにシルファが頷いた。
そして、俺は深く集中して……
「……帰ってきて、シルファ」
魔力を解き放つ。
シルファを汚染する黒い『なにか』を追い出して、浄化する。
少しずつ魔物の皮が剥がれていく。
その中からシルファが現れてくる。
問題ない、このまま成功する。
いつも以上にそんな確信があった。
そして……
「おかえり、シルファ」
「……うん、ただいま」
元に戻ったシルファは、小さく笑うのだった。




