468話 実験と観察
「こっ……のぉ!!!」
たっぷりの気合と共に、魔物と化した子供に魔力を注ぎ込んだ。
そして、『いらないもの』を排除する。
「……うぁ……」
黒い霧が晴れて子供が元の姿を取り戻す。
「はぁっ、はぁっ……これで、ちょうど十人目」
元に戻った子供を兵士に託して、次の目的地に向かう。
次は、街の中央にある公園。
そこでアリスとレティシア、ナインが協力して、魔物になった子供達を複数、押し留めていると兵士から報告を聞いた。
前に出て……
「あ」
不意に足から力が抜けて、倒れそうになってしまう。
「ハルさん!」
「ハルさま!」
アンジュとクラウディアが左右から支えてくれる。
「ありがとう」
「ハルさん、少しは休まないと……」
「そうですわ。いくらハルさまの魔力が膨大とはいえ、こうも浄化を続けていたら、さすがに底をついてしまいます」
「そう……だね」
俺の職業は賢者。
そして、魔王を継いだ者。
力も継いで、魔力は大幅にアップした。
ただ、それでも無限というわけじゃない。
どうしても限りがある。
子供を元に戻す方法は、上級魔法数十発分の魔力を消費する。
それを十回。
すでに上級魔法数百発を放っている計算で……
さすがに限界が近い。
でも。
「放っておくことなんて、できないよ」
今この瞬間も街に被害が出ている。
それ以上に、魔物にされた子供達が苦しんでいる。
対して面識なんてない。
軽く言葉を交わしただけ。
それだけの浅い関係。
困っている人なんてたくさんいる。
世界を探せば困窮している子供なんて数え切れないほどいる。
それらを全て救うなんて無理だ。
そんなこと言葉にできるわけがない。
だけど。
せめて、目の前にいる子供達は助けたい。
手を差し伸べることができるのだから。
「あと少しだから……お願い、力を貸して」
「……はい、わかりました」
「ハルさまがそう願うのなら、わたくし達はやるべきことをするだけですわ」
「うん、ありがとう」
「師匠、自分もとことんついていくっすよ!」
みんな、とても頼もしい。
おかげで少しだけ元気が戻ってきた。
こうして話をしている間に、少しだけ魔力が回復したのかもしれない。
ガーデンの子供達が魔物となったのなら、もうすぐ打ち止めのはずだ。
あと少し。
無理をしてでもがんばればやり遂げることができる。
「よし、がんばろう」
一人で立つことができるくらい回復した。
そして、アリスとレティシアが待つ公園に向かう。
そこで見たものは……
「やあ、久しぶりですね」
魔物と化した子供達。
一体、奇妙な魔物。
そして、ニッコリと笑うアムズだった。
「あなたは……!」
これだけの事件が起きているというのに、アムズはまったく慌てていない。
むしろ、どこか楽しそうだ。
「どうですか、楽しんでくれていますか」
「え」
「まさか、元に戻す方法があるとは。しかも、強引な力技。盲点でしたね。今後の改良に繋げないといけません。なので、そのことを気づかせてくれたあなたには感謝しなくては」
「……その言い方、今回の事件に関わっていると判断しても?」
「かまいませんよ」
アムズはにっこりと頷いて、
「子供達を魔物にしたの私です」
あっさりと認めるのだった。
「この方が……!」
クラウディアが今まで見たこともないような形相に。
空気がぴりぴりと震えるほどの強い怒気。
それもそうだろう。
彼女はシロと仲が良かった。
怒って当然だ。
俺も怒っている。
みんな怒っている。
今すぐに殴り飛ばしたいところだけど、でも、その前に目的を聞きたい。
「どうして、そんなことを?」
「なに、ちょっとした実験ですよ」
「実験?」
「まずは挨拶を」
アムズは軽く頭を下げた。
それを合図にしたかのように、背中に翼が出現する。
「私は、第五世代型管理天使です」
やっぱりいうか、天使だった。
フランとフラメウもそうだけど、なんでこう、人様に迷惑をかけることを簡単にやってしまうのだろうか?
これで、本当に人類の守護者なのだろうか?
彼らの在り方に疑問が生じる。
「私達天使は数が少ない。だから基本、なにか成し遂げる時は人間に動いてもらうのです。啓示を授けるなどして、ね」
「今回は……子供達を利用した?」
「半分、正解ですね。今回は実験の意味合いが強い。人間を魔物として、きちんと制御できるか? もしも成功したら、それはとても役に立つ」
「そのために実験をしていた? 孤児院を作ってまで?」
「ええ」
頷くアムズからは、罪悪感というものがまったく感じられない。
むしろ、私が考えた策は素晴らしいでしょう? と褒めてもらいたそうだ。
フランとフラメウもそうだけど、天使は歪んでいる。
倫理観というものがまったく通用しない。
まあ、彼らは『人間』ではないから、仕方ないのかもしれない。
まったく別の生き物だということを、今になって強く実感した。
「本当はもっとじっくり研究を進めたかったのですが……ここに来て、一つ問題が発生した。あなたの存在です」
「……俺が邪魔に?」
「いえ。今のところ、あなたを討伐しろという命令は受けていないので。邪魔ということはありませんね」
「なら……どうしてこんな事件を起こした!?」
「これもまた実験ですよ」
アムズは笑う。
笑い続ける。
災厄に燃える街を見て。
魔物になって暴れる子供達を見て。
それでもなお笑顔を浮かべていられるなんて、歪んでいる。
なにもかも、全てが歪んでいる。
「あなたは魔物になった子供を元に戻した。そのような設計にした覚えはない。ありえないことを成し遂げた。しかし、それはそれでとても興味深い。なので、もう少し見せてほしいと思ったのですよ」
「まさか……」
「ええ。あなたの技を見るために、子供達を全て魔物にして解き放ちました」
軽く目眩がした。
アムズのおぞましさに。
そして、彼に対する怒りで感情が乱れてしまう。
「まさか、天使ともあろう方がこのようなことをするなんて……」
「おぞましいですわね」
「自分、真面目にむかついてきたっす」
他のみんなも似たような反応を示していた。
こいつだけは許せない。
みんなの気持ちが一つになる。
「それで……」
一歩、前に出る。
「わざわざ、そんなことを説明するために俺達の前に? だとしたら、覚悟はできているよね?」
「はて? なぜ戦闘態勢に?」
「ここまでふざけたことをしておいて、自分はのうのうと逃げられるとでも?」
「ふむ。さきほども言いましたが、あなたを討伐する命令は受けていません。私はただ、実験と観察がしたいだけ。ここで戦う意味はないと思いますが?」
「あんたっていう人は……!!!」
ぶわっと風が吹き荒れた。
怒りで魔力がコントロールできなくて、それが表に出てしまったのだろう。
「それよりも、このまま実験に付き合っていただけませんか? これで最後ですよ」
アムズの後ろから小型の魔物が現れた。
いや、これは……
「この子は、今回の実験の集大成。真に力のある者を魔物としたら、どれだけの成果を得ることができるのか? ああ、とてもわくわくしますね。さあ、その成果を私に見せてください、シルファ・クロウブラスト」




