465話 惨劇の始まり
強硬手段と取ると決めたものの、無策で突撃するわけにはいかない。
強制調査の対象は、アムズが運営する孤児院『ガーデン』だ。
彼の庭なので、どんな罠があるかわからない。
また、子供達も問題だ。
いざという時、人質に取られてしまうかもしれない。
それらを回避するために、迅速かつ効果的な奇襲が必須だ。
そのための方法を話し合っていたのだけど……
「し、失礼します!」
突然、扉が大きな音を立てて開いた。
慌てた様子の兵士が入ってくる。
ナインが眉をわずかに動かす。
「なんですか、騒々しい」
「も、申しわけありません。しかし、緊急事態でして……」
……嫌な予感がした。
「突如として、街中に魔物が現れました!」
「「「!?」」」
最悪の報告がもたらされた。
――――――――――
「これは……」
報告を受けて、俺達は急いで屋敷の最上階へ移動した。
そして街全体を見渡す。
なにをするにしても、まずは現状を把握したい。
この目で街の状況を見たい、とそう思ったのだ。
街のあちらこちらで火の手があがっていた。
悲鳴も聞こえてくる。
「状況はどうなっているんですか!?」
「それが、その……至るところで、突如、魔物が出現して。幸いなことに、まだ大した被害は出ていないのですが、民の動揺、混乱が激しく……そちらの方が厄介かもしれません」
「……それは、どんな魔物ですか?」
「さほど強い個体ではなくて、かといって弱い個体でもなく……ああ、それと、少し小柄なように思えました」
まさか。
まさか、まさか、まさか。
「現在、討伐のために緊急出撃を……」
「ダメです!」
「え?」
「討伐はしないでください。捕獲……それが難しいなら、その場で動けなくするようにしてください!」
「え、いや、しかし……」
なにを言っているんだ?
という目を向けられてしまう。
でも、これは譲れない。
「詳細な説明は省きますけど、その魔物は、子供が強制的に変化させられたかもしれないんです」
「なっ……!? そ、そんなことが……」
「俺なら元に戻すことができます! だから、討伐は……!!!」
無茶を言っているという自覚はある。
兵士達を危険に晒す。
その責任を取ることなんてできない。
でも。
それでも。
これ以上、子供達を殺すなんてことは……!
「わかりました」
とんでもないお願いをされているにも関わらず、兵士は凛々しい顔で頷いた。
「強い力を持つ個体ならば、無理ですと断っていましたが……幸いというべきか、捕獲、制圧が可能であると判断します。なんとか動きを止めてみせましょう」
「……ごめんなさい」
「他ならぬ、あなたの言うことです。かつて受けた恩を返すべきが来たのでしょう」
「え」
「覚えていないのも仕方ないですね。かつて、アーランドで起きたアンジュ様の偽物の事件の時、私はあなた様のご活躍をこの目で見ていましたから」
兵士が笑う。
彼の顔に見覚えはないのだけど……
でも、彼は俺のことを覚えてくれていたみたいだ。
嬉しくて涙が出そうになる。
「すぐに他の者に今の話を伝えて、そして、魔物を捕獲します」
「……気をつけてください。すぐに、俺達も追いかけます」
兵士を見送り、それから今後の方針を考える。
「ハルさま、どうされるのですか?」
「確かに、ハルさんなら魔物を元に戻すことができるかもしれませんが……」
みんなの言いたいことはわかる。
シロの時、思い切り苦戦したのだ。
それを何回も繰り返さないといけないとなると、わりと絶望的かもしれない。
でも、諦めたくない。
やる前から子供達を切り捨てたくない。
「でも、それでこそハルかもね」
「……アリス……」
「あたしはハルを信じる。そして、応援する。みんなは?」
アリスがみんなに問いかける。
みんなはなにも答えない。
ただ、やる気たっぷりの笑顔を浮かべていた。
それが答えだ。
「みんな……ありがとう」




