452話 野良猫少女とお嬢様の攻防戦
アンジュの屋敷の一室。
そこで、クラウディアとシロが視線をぶつけていた。
「……」
「……」
一触即発の雰囲気……というわけじゃない。
シロはクラウディアを睨んでいるものの、クラウディアは困った様子で笑っているだけ。
シロの視線はクラウディアの手元に寄せられている。
彼女はクッキーを持っていた。
ナインに教わりつつ焼いたもの。
できたてサクサクで、香ばしい匂いが漂っている。
「むう」
シロは唇を逆三角形に曲げた。
クッキーは欲しい。
でも、クラウディアは警戒するべき相手。
そんな葛藤を繰り広げて……
「……ちょうだい」
クッキー欲が勝ったらしく、シロは前に出て、クラウディアに手を差し出した。
「欲しいですか?」
「うん」
「ふふ……はい、どうぞ」
「えへへ」
シロはクッキーを受け取ると、にっこりと笑う。
そのまま両手で掴み、ハムスターのように食べる。
シロの笑顔がうつったかのように、クラウディアは笑っていた。
たぶん、俺も笑っていると思う。
子供の笑顔を見ていると、自然とこちらも笑顔になるんだよね。
それだけ温かくて優しいものなんだろう。
「はっ!?」
俺達の視線に気がつくと、シロはクッキーを持ったまま、ササッと物陰に隠れてしまう。
カリカリとクッキーを食べる音だけが聞こえてくる。
ハムスターがエサを持って巣に逃げたような感じだ。
「ふぅ、まだダメみたいですわね」
クラウディアが眉を下げて小さな吐息をこぼす。
「苦戦してる?」
「はい……どうにかこうにか、お菓子を手渡しするところまではいけたのですが、そこから先は見ての通りですわ」
「でも、以前と比べたらすごい進歩じゃないかな? 絶対に受け取ろうとしなかったし」
「ですが、このようなペースでは……」
クラウディアは焦るような顔に。
シロは、何者かに俺達を襲うように吹き込まれた。
その何者かは天使である可能性が高い。
天使のおじいちゃん、と言っていたから、フランとフラメウである可能性は低いだろう。
新しい天使。
おそらく明確な敵意を持っている。
その正体、目的を突き止めるにはシロの協力は必須だ。
しかし、そのシロは心を許してくれていない。
クラウディアが焦るのも仕方ない。
「落ち着いて」
「……ハルさま……」
「焦る気持ちはわかるよ。俺もそう。シロは貴重な情報源で、なんとしても話を聞き出したい。でも……」
シロを見る。
物陰に隠れているけど、体の半分くらいはみ出していた。
「あの子に酷いことをしてまで情報を得ようとは思わないんだ」
「それは……はい。わたくしも同じ想いですわ」
クラウディアがシロを見る目は優しくて……それでいて、どこか悲しみを帯びていた。
「あの子、昔のわたくしに似ていますわ。家に縛られて、なにもできず、人形のようだったわたくしと……」
「なんとかしないと、だね」
「そうですわね。でも、どうすればいいか……」
「今のままでいいと思うよ」
「え?」
少しずつだけど、クラウディアはシロと心の距離を詰めている。
成果というとおかしな話になるかもしれないけど……
でも、確かに成果は出ているんだ。
ここで諦めるべきじゃない。
シロのことを考えるのをやめるべきじゃない。
「大丈夫。クラウディアなら絶対にうまくいくよ」
「……ハルさま……」
そっと、クラウディアはこちらの肩に寄りかかってきた。
「ハルさまは、わたくしが欲しい時に欲しい言葉をくれるのですね」
「クラウディア?」
「そんなハルさまだから、わたくしは……」
クラウディアはじっとこちらを見る。
気のせいだろうか?
その瞳には熱が込められているようで……
「よし」
ふと、クラウディアが離れた。
拳をぎゅっと握る。
「見ていてくださいね、ハルさま。必ずシロちゃんの心を掴んでみせますから」
「う、うん……」
なんだろう?
ちょっと……いや。
けっこうドキドキしてしまうのだった。




