450話 お菓子
とあるものを手に、俺とナインはシロの部屋に向かう。
コンコンとノックをして扉を開くと、困った様子のアンジュとクラウディアが。
その向こうに、今度は大きな観葉植物の影に隠れているシロが見えた。
特に状況は変わっていないみたいだ。
でも、これならうまくいくと思う。
それだけの自信があった。
「ねえ、シロ」
「……なに?」
シロは観葉植物の影に隠れたまま、小さく返してきた。
返事をするところを見ると、一応、コミュニケーションを取る意思はあるみたいだ。
そんな彼女に、小さな紙袋を見せる。
「これ、なんだと思う?」
「……わからないけど」
「じゃあ、ヒントとしてちょっと開けてみよう。これならどうかな?」
「っ!?」
少しだけ紙袋を開くと、ふわりと甘い匂いが漂う。
それをしっかりと嗅ぎ取ったらしく、シロはぴくんと震えた。
「な、なんだろう……すごくいい匂いするよ」
「ふっふっふ、これはなんだと思う?」
「えっと、えっと……甘いもの!」
よし、話に食いついてきた。
こうなれば、もうこちらのもの。
「甘いものといえば甘いものだけど、もう少し具体的に答えてほしいな」
「なんで? 面倒……」
「正解したらコレをあげるよ」
「がんばる!」
ものすごく切り替えの早い子だった。
「んー……」
「ヒント1、そんなに大きくなくて、いくつも入っているよ」
「飴?」
「外れ。ヒント2、サクサクってしているよ」
「わかった、クッキー!」
「正解」
包装を完全に解くと、焼き立てサクサクのクッキーが姿を見せた。
それを見て、シロがキラキラと瞳を輝かせる。
よだれもちょっと垂れていた。
そんな彼女に紙袋を差し出す。
「はい、どうぞ」
「……本当にくれるの?」
「そういう約束だからね」
「……後で、やっぱりダメ、とか言わない?」
「言わないよ」
「……見るだけで、食べちゃダメ、とか言わない?」
「全部、食べていいよ」
「……」
シロはじっとこちらを見て……
ややあって、狩りをする猫のような俊敏さで、ささっと紙袋を取る。
そのまま後ろに逃げて、今度はベッドの影に隠れてしまう。
「はむはむはむ!」
姿は見えないけど、クッキーを食べる音が聞こえてきた。
サクサクサク!
音が途切れないところを考えると、大事に、しっかりと味わって食べているのだろう。
うん。
気に入ってくれたみたいでよかった。
「クラウディア、アンジュ、行こう」
「え? ですが……」
「シロさんは……?」
「今は一人にしてあげよう。ね、ナイン」
「そうですね、ハル様の仰る通りかと」
不思議そうにする二人を連れて、部屋を出る。
少し歩いたところで、クラウディアが小首を傾げつつ尋ねてくる。
「あの……ハルさま? どうして、あのようなことを」
「特別な力を持っていても、シロはまだ子供だからね。お菓子には目がないと思ったんだ」
「なるほど」
「でも、ああして興味を引くことができたのなら、それをきっかけに話をした方がいいと思うんですけど……」
アンジュが疑問顔で言う。
確かに、その通りかもしれない。
普通なら会話を広げて、さらに仲良くなるチャンスだろう。
でも……
「シロの場合、無理に距離を詰めようとしたらダメだと思うんだ」
「どうしてですか?」
「うまく言えないんだけど……あの子、他人を怖がっているような気がして」
幼いけど、とても不思議で強力な力を使うことができる。
おそらく、史上最年少の勇者候補。
そんな肩書にふさわしく、大胆な性格。
大人に物怖じすることなくて、度胸もある。
ただ……
言動の節々から、少しだけど『怯え』を感じることができた。
それと、小動物のような警戒心の高さ。
大胆でありつつ、しかし、とても臆病。
俺がシロに抱いたのはそんな印象だ。
「もしかしたら……シロは、人が怖いのかもしれない」




