45話 食い逃げ少女
アーランドを旅立ち、一週間。
最初の補給地である宿場街にたどり着いた。
2日、ここで旅の疲れを癒やすことになる。
休むのは人だけじゃなくて、馬も同じ。
1日に何度か休憩を挟み、夜はしっかりと寝ているものの、一週間、馬車を引き続けるということは相当な体力を使う。
だから、丸2日を使い、しっかりと休憩するらしい。
「よしよし、よくがんばってくれたな」
「じゃあ、明日、またよろしく」
「ああ、任せておいてくれ」
馬車を引く二頭の馬を労う御者と挨拶をして、俺たちも宿場街に足を踏み入れた。
「へぇ」
活気のある宿場街だった。
アーランドと同じくらいの数の人が行き交い、あちらこちらから話し声が聞こえてくる。
そんな人々の声をかき消してしまうくらいに、宿の呼び込みの声が大きい。
今は昼なのに、うちに寄っておいで、うちが一番の宿だよ、なんて声が多数。
こういう元気な街は、なんだか気分がよくなるな。
人の笑顔って、どんどん広がるものだからね。
元気な人たちの中にいると、自然と、こちらも笑顔になる。
「ししょぉー……」
「うん?」
サナがフラフラとしつつ、俺の手を引いた。
なんだか、子供を持った父親の気分だ。
「お腹、空いたっす……」
「あれ? 2時間くらい前に食べたよね?」
「あんな保存食、うまくないっす。食べたうちに入らないっす」
サナのお腹は、満足するものじゃないと満たされないのかな?
彼女が高級料理の味に慣れてしまったら、とんでもなく厄介なことになりそうな気がした。
「みんなは?」
「あたしも、ちょっとお腹が減ったかしら?」
「実は、私も……」
「私はそれほどでもありませんが、食いだめは得意なので、特に問題はございません」
ナインは、それでいいのかな……?
まあ、みんな問題ないということで、ちょっと早い昼ごはんにしよう。
「どこにしようか?」
「すんすんっ、すんすんっ……師匠、ここがいいっす!」
犬のように鼻を鳴らした後、サナは近くの宿を指差した。
確かに、良い匂いが漂ってきている。
そんなに空腹感を覚えていなかったんだけど、思わずお腹が鳴ってしまいそうなほどだ。
「じゃあ、ここにしようか」
賛成と言うようにみんなが頷いたから、扉を開けて中に入る。
中はたくさんのお客さんで混んでいた。
あちらこちらから話し声が聞こえてきて、空いている席を探すのが難しい。
「いらっしゃいませー!」
元気な店員さんが笑顔でやってくる。
「5名さまでしょうか? お食事でよろしいでしょうか?」
「うん。空いてるかな?」
「えっと……すみません、10分ほどお待ちいただいてもよろしいでしょうか? そうしたら、席が空くと思うのですが」
「大丈夫っす!」
俺の代わりにサナが返事をする。
良い匂いにつられて、ここで食事をすることは、すでに決定事項らしい。
「かしこまりました。では、そちらのイスでお待ちください。席が空いたら、呼びにきますね」
見ると、壁際にイスが並んでいた。
行列ができるのは初めてじゃなくて、わりとよく頻繁に起きるのだろう。
だから、こんな対策をしている。
なかなかにしっかりした店だ。
「肉料理がメインなのかしら?」
「あっ、しっかりとサラダやスープもあるみたいですよ」
チラリと他の客のテーブルを見て、アリスとアンジュがそんなことを言う。
釣られて視線を向けると、テーブルの上に香ばしいソースのかかった肉料理と、たっぷりの野菜のサラダ。
それと、具だくさんのスープが並んでいるのが見えた。
あれ、すごくおいしそうだ。
サナは、よだれが垂れてしまいそうな顔をして凝視しているし、注文するメニューは決まったかもしれないな。
そんなことを思い、料理を楽しみにしていると、
「おいっ、嬢ちゃん! 金がないってどういうことだ!?」
突然、野太い声が響いた。
振り返ると、出入り口近くの会計でトラブルが起きているのが見えた。
男の店員が厳しい顔をして、女の子を問い詰めている。
歳は……見た感じ、15の手前くらいだろうか?
まだ幼さが残るものの、とても綺麗な顔をしていて、素直にかわいいと思う。
特徴的なのは、その髪の色だ。
銀色の髪は光を反射して、キラキラと輝いている。
まるで宝石のよう。
容姿と髪が相成り、とんでもない美少女になっているのだけど……
残念ながら無表情。
人形のように感情をうかがうことができなくて、なにを考えているのかわからない。
そんな彼女は、大きなフードがついたローブを身につけていた。
そのローブのポケットをゴソゴソと探り……そして、淡々とした口調で言う。
「財布、落としたの」
「おいおい……そりゃ本当か? あまり疑いたくはねえが、ここらでは、食い逃げするヤツも多くてな。うちの店も、それなりの被害を受けているんだ。嬢ちゃんがそういう連中じゃないって、断言できる根拠はあるのかい?」
「ないよ」
「あ、あのなあ……」
「でも、財布を落としたことは事実だから。その事実は覆らないの。なにか、別のことで補填できない?」
「もちろん補填はしてもらうが、その前に、嬢ちゃんが食い逃げをするつもりだったのかそうじゃないのか、ハッキリさせておきてえな。それ次第で、今後の対応が変わる。とりあえず、事務室まで来てもらおうか」
店員は女の子に手を伸ばして、
「触らないで」
女の子は一歩下がり、店員の手を避ける。
「おいっ、なんで逃げる?」
「他人に触られることは好きじゃないよ」
「好き嫌いの問題じゃねえだろ。それに、なにかよからぬことをしようっていうわけじゃない。嬢ちゃんが逃げないようにするため、軽く触れるだけだ」
「それは意味ないよ」
「なんだと?」
「あなたの力では、シルファを拘束することは、到底かなわないから」
「……あまり調子に乗るなよ? 俺は、ルールを守れない犯罪者には、女子供だろうと容赦しねえぞ」
「だから、あなたの力では無理。あと、シルファは他の方法で補填をするから……」
「このクソガキッ!」
堪忍袋の緒が切れた店員が、顔を赤くしつつ女の子に掴みかかる。
危ない!
俺は……女の子じゃなくて、店員の方を心配した。
なぜかわからないのだけど、女の子ではなくて、店員に危険が及ぶだろうと予測した。
「このっ……バカ亭主!!!」
「ぐあ!?」
張り詰めた空気を弛緩させるように、鋭い声が響く。
それとほぼ同時に、奥からフライパンが飛んできて、店員の頭を直撃する。
「こんな小さい子に……しかも、女の子に手をあげようとは、どういう了見だい!?」
「ま、待ってくれ、母ちゃん。コイツは、食い逃げかもしれなくて……ぐは!?」
ゴーンと、再びフライパンが炸裂した。
「逃げていないし、ちゃんと補填すると言ってるじゃないか! あんたのそういう早とちりするところは、前々から直した方がいいって言ってたよね!?」
「う、うわあああっ、ごめん、ごめんよ、母ちゃんっ!」
さきほどまでの雰囲気はどこへやら。
夫婦喧嘩が繰り広げられて、なんともいえない緩んだ空気が流れる。
ほどなくして、ボコボコにされる店員。
そして、女将らしき人が女の子に話しかける。
「すまないね、ウチのダメ亭主が失礼をして」
「ううん。責任は、財布を落としたシルファにあるから」
「そうさね。うーん、どうしたものかねえ……人は足りているし、荷物を奪うようなことはしたくないし……」
落とし所が見つからず、困っているみたいだ。
「……あのさ、アリス」
「うん、いいんじゃない?」
「まだ、なにも言ってないんだけど」
「ハルの考えていることなら、なんとなくわかるわ」
「俺、そんなにわかりやすい?」
「ものすごく」
ちょっとだけ釈然としなかった。
とにかくも、二人のところへ。
「えっと……すいません」
「うん? どうしたんだい?」
「彼女の分、俺たちが払いましょうか?」
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