445話 アムズ
「お嬢さんは、シルファっていうのかな?」
「……そう」
「なるほど、なるほど。綺麗な名前だね」
「ありがと」
なんだかうさんくさい老人ではあるが、名前を褒められることは嫌いじゃない。
というか好きだ。
シルファは、ちょっとだけ機嫌がよくなった。
なんだかんだ、彼女もちょろいのかもしれない。
「……おじいちゃんは、なんていうの?」
「おっと、すまないねえ。私としたことが、ついつい名乗り忘れてしまうとは」
老人はにっこりと笑い、軽く頭を下げた。
「私の名前は、アムズ。さっきも言った通り、孤児院を運営している者だよ」
「ふーん」
興味のないフリをしつつ、シルファは老人……アムズの様子を探る。
なにかおかしなところはないか?
敵対する意思はないか?
元々、シルファは暗殺者だ。
そういった所作、仕草を観察する能力に長けている。
ただ、そんなシルファでもアムズが敵なのかどうか、見抜くことはできなかった。
例えるなら、アムズは空を舞う綿毛のよう。
触れようとするとふわりと舞い上がり、逃げてしまう。
掴まえることはできず、それでいて遠く大きく離れることもない。
掴みどころのない老人だ。
「それで……お嬢さんは、なにか困っているのかな?」
「シルファでいい」
「いいのかい? じゃあ、シルファはどうしてこんなところにいるのかな?」
「……仲間とはぐれた」
アムズはどこか怪しい。
ハッキリとした根拠はないのだけど、直感がそう告げていた。
ただ、他に頼れる人もいない。
怪しい者だとしても、ついつい本当のことを話してしまう。
それくらい、今のシルファは困り果てていた。
「なるほど、仲間と……」
「たぶん、この街にいる。でも……」
「アーランドは広いからねえ。一人で探すとなると大変だ。そうだ、お金の方は大丈夫なのかい?」
「……ちょっと怪しい」
お小遣いとして、ハルから小さな財布をもらっていた。
ただ、そこに入っていたお金もそろそろ底をついてしまいそうだ。
冒険者の活動で稼いでもいいのだけど……
そちらの活動をしているうちに、ハル達とすれ違う可能性がある。
そう考えると、大きく動くことができないでいた。
「困っているのならウチに来るかい?」
「ウチ?」
「私が運営している孤児院だよ」
「シルファ、仲間がいる」
「なに。ずっといる、っていうわけじゃないさ。客人としてウチに滞在すればいい」
「でも、そんなにお金持ってない」
「孤児院の仕事を手伝ってもらえばいいさ。掃除とか草刈りとか」
「む」
それなら問題ない。
シルファは少し考えて……
「お願いする」
ぺこりと頭を下げた。
――――――――――
「そういえば」
これからのことを話す中、ふと、俺は思う。
「シロはどこに住んでいるのかな? やっぱり、どこかの宿に泊まっているのかな?」
史上最年少の勇者候補だ。
幼いとしても、大抵の依頼はこなして、お金を稼ぐことができるだろう。
俺のふとした疑問に、クラウディアは首を横に振る。
「さきほど、ちらっと本人から話を聞いたのですが、家があるみたいですわ」
「家族がここに?」
「いえ。どうやら、孤児院で育っているらしく……」
シロの境遇に同情しているらしく、クラウディアは暗い顔に。
「日々、がんばっていること。それと、ハル様達を討伐しようとしたのも、孤児院の為見たいですわ」
「そうなんだ……」
良い話なのだけど……うーん。
なんか気になるな。
子供の人格形成は、基本的に親が大きく関係している。
穏やかな人に育てられれば、穏やかな子供に。
荒っぽい人に育てられれば、荒っぽい子供に。
絶対というわけじゃないけど、基本、そういう風に成長に作用するものだ。
なら、シロの育ての親はどんな人なのだろう?
孤児院のためにがんばる。
世の中のために、悪い悪魔を討伐する。
一見すると、シロがやっていることはまともなのだけど……
まともすぎるのが気になる。
彼女はまだ幼い子供だ。
そんな子供が、自ら望んで戦場に立つなんて異常だ。
ましてや、悪魔とはいえ誰かを殺そうとするなんて……
「クラウディア、その孤児院の名前は?」
「ガーデン、というらしいです」




