443話 利用する者とされる者
それは、ある意味で予想できた言葉だった。
勇者が悪魔と戦う。
それはとても自然な構図なのだけど……
ただ、俺が魔王でレティシアが魔人。
そのことをどうして知っているのか? という疑問が残る。
勇者はただの称号のはず。
特別な力を授かることはないし、特別な知識を得ることもない。
だから、レティシアも魔王や魔人については知らなかった。
なので、第三者が余計な知恵を授けたのではないか? と予想していたわけだ。
シノが言っていた『勇者システム』というのも気になるけど……
それについては、今のところさっぱりなので後回し。
「天使のおじいちゃんは、なんて?」
「悪い悪魔と魔王がいるから、倒してくれないか? って頼まれたの。勇者だからできるよね? って」
「そのおじいちゃんは、どのような方でしたか?」
「うーん……普通?」
シロは少し考えてから、こてんと小首を傾げた。
ごまかそうとしているとか、かばおうとしているとか、そういう様子はない。
本心からの感想のようだ。
「どこにでもいるような普通のおじいちゃんだったよ。おひげがあって、髪は白くて、腰が少し曲がってて、杖をついてて……そんな普通のおじいちゃん」
記憶を残さないために、あえて平凡な格好をしているのか。
それとも、それが素なのか。
判断に迷うところだ。
ただ……
「どうして、そんな普通のおじいちゃんが天使とわかったのですか?」
クラウディアも俺と同じ疑問を抱いたらしく、そう尋ねた。
「それは……えっと……」
言葉に詰まるシロ。
ややあって、再び小首を傾げた。
「あれ、なんでだろう?」
「わからないのですか……?」
「うん、なんでだろう……あのおじいちゃんは、確かに天使だって思ったんだけど、なんでそう思ったのかな? あうー……なんでだろう?」
「ハルさま、これは……」
クラウディアがなにか言いたそうにこちらを見る。
洗脳などの可能性を考えているのだろう。
だとしたら、シロは被害者でしかない。
罰を与えるとか、そういうことはできないし、したくもない。
というか……
勇者候補だからっていう理由で、こんな小さな子供を利用するなんて。
どうかしてる。
「あふぅ……」
シロは大きなあくびをして、手の甲で目の辺りをぐしぐしとこすった。
「あら、眠いのですか?」
「うん……疲れちゃった」
「そうですわね。では、お昼寝しましょうか」
「では、すぐにお部屋を用意してきます」
素早くナインが動いて、準備をするために部屋を出ていった。
「んぅ……」
一気に眠気が襲ってきたらしく、シロはがくんがくんと頭を上下させる。
目は半分くらい閉じていた。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「んー……だいじょばない……」
「ふふ。では、わたくしが抱っこしてさしあげますわ。さ、こっちへ」
「……っ……」
クラウディアが手を広げると、シロはびくっと震えた。
さきほどまで普通に話をしていたはずなのに、強い警戒感を示している。
「シロちゃん?」
「……自分で歩けるから」
シロはクラウディアから距離を取りつつ、部屋から出て、ナインを追いかけた。
両手を広げたままのクラウディアは、ちょっと困った顔に。
「あはは……振られてしまいました」
「えっと……なんか、ごめん」
「ハルさまが謝るようなことではありません。シロちゃんは、なんていいますか……」
「野良猫っぽい、わね」
アリスのつぶやきに、みんなが一斉に頷いた。
餌をあげても、なかなか近寄ってこない。
心を開いてくれるのはかなり難しい。
そんな野良猫少女に思えた。
野良猫といえば……
「シルファ、今、どうしているんだろう……?」
もう一人の野良猫少女を思い出して、俺は、窓の外の空を見上げた。




