439話 小さな勇者
「みんな、起きて」
シロが手を振ると、彼女の周囲の土が盛り上がる。
それは人の形を取り、シロを守る忠実な兵士となった。
なるほど。
これが『人形』の正体か。
シロが操る土の人形を魔物と勘違いした、というのが事件の真相らしい。
「それ、君の能力だよね?」
「うん、そうだよ。土とかに魔力を注ぎ込んで、友達を作ることができるの。みんな、私のためにがんばってくれる、いい子なんだよ?」
そう言うシロは、どことなく自慢げだ。
自分の能力を誇っているのか。
それとも、自分で作り出した人形に愛着を持っているのか。
あるいは、その両方かもしれない。
「それで……」
アリスとレティシアが、いつでも動けるように構えたのが見えた。
俺も同じように足に力を込める。
「そんなものを作り出して、どうするつもり?」
「むぅ……私のお友達を『そんなもの』とか言わないで」
ぶすっと、シロは頬を膨らませた。
こちらをからかっているとか、そういう雰囲気はない。
本気で怒っているみたいだけど……うーん?
自分で作り出したものなのに、ここまで愛着を示すものだろうか?
なにか違和感を覚えた。
「えっと……ごめん」
まだシロが敵と確定したわけじゃない。
下手に機嫌を損ねるのも嫌なので、頭を下げておいた。
「うん、許してあげる。お兄ちゃんは、きちんと謝ることができる、しっかりとした大人なんだね」
「ありがとう……?」
「でも、ごめんね。私、勇者だから」
シロが手を上げると、土人形達が一歩前に出た。
それぞれ拳を構えて、戦闘体勢に移行する。
「悪い人は退治しないといけないんだ」
「その悪い人っていうのは、俺達のこと?」
「うん。お兄ちゃん達は、酷いことをする悪い人なんだよね? なら、勇者として見過ごすことはできないよ」
シロはにっこりと笑う。
ただ、その笑みは冷たく、刺すような敵意が含まれていた。
「ちょっと待って。なんで、俺達が悪人っていうことになっているの?」
「だって、お兄ちゃんは魔王で……」
シロはレティシアを見る。
「そっちのお姉ちゃんは悪魔なんだよね?」
ハッタリとかじゃなくて確信を抱いているようだ。
「どこでそのことを?」
「なーいしょ♪」
「えっと……ちょっと待って」
「なに?」
「君が言ったことは否定しないよ。僕は魔王を継いだ」
「意外だね。とぼけたり、誤魔化そうとしたりすると思ったんだけど」
「確信を持っているみたいだから、そうしても意味はないかな、って。それよりも、いきなり戦うよりは、まずは話し合わない?」
「敵なのに?」
こてん、と小首を傾げつつ、シロは不思議そうに言う。
「敵じゃないかもしれない」
「魔王なのに? 悪魔なのに?」
「俺達は誰かを害そうなんて考えていないよ。悪いことも企んでいない。だから、戦う必要はないんだ」
「んー」
話し合いを拒否する様子はない。
ひとまず、という感じだけど、俺の話を聞いてくれているみたいだ。
ただ……
「お兄ちゃんは嘘を言っているように見えないかな?」
「なら……」
「でも、その話だけで信じるのは、ちょっと無理があるよ。お兄ちゃん達は初対面で、しかも、魔王とか悪魔。そんな人達よりも、お姉ちゃんのことを信じるのは普通だよね」
「お姉ちゃん?」
「と、いうわけでー……いくよ?」
「ちょっと……!?」
待って! と止めようとするのだけど、止まらない。
シロは無邪気な笑みを浮かべつつ、
「いっちゃえー!」
土人形達に攻撃命令を出してしまうのだった。




