43話 終わり
冒険者ギルドの牢にジンの姿があった。
壁から伸びた鎖が片足に繋がれていて、逃げられないようになっている。
それだけではなくて、牢は地下にあり、出入り口は一つしかない。
その出入り口は小さな部屋となっていて、常に二人以上の職員が待機している。
さらにつけくわえるのならば、昼ならば、外に出れば誰かしらの冒険者がいる確率が高い。
以上のことを考えると、この地下牢から逃げ出すことは不可能だった。
逆に言うと、侵入することも不可能だ。
不可能なのだけど……
「よぉ、あんたかい」
「……」
ジンの牢の中に、大きなフードを羽織り、顔を隠している者が現れた。
背は小さい。
ただ、大きなフードのせいで体格がわからず、男なのか女なのかわからない。
「まぁ、抜け目ない依頼主のことだ。俺が失敗した時のことも考えて、あんたを近くに潜ませていたんだろうな」
「……」
「っていうか、あの人は病的なまでに心配性だからなあ……もしかしたら、成功失敗問わず、俺を処分するように命令していたのかもな。まいったな。そのことを見抜けなかったのは、俺の失敗だな」
「……」
「やれやれ、俺はとっくに詰んでた、っていうわけかい。人生、ままならないもんだねえ」
「……」
ジンがあれこれと語りかけるものの、返事はない。
まるで彫像を相手にしているかのようだ。
しかし、そうではない。
ちゃんと命があることを証明するかのように、手が動いた。
短剣を逆手に持ち、ゆっくりと振り上げる。
その光景を、ジンは、どこか他人事のように眺めていた。
「ああ、そうそう」
「……」
最後の遺言というように口を開くと、わずかに動きが止まる。
「色々としゃべったが、我らの主の名前はきちんと伏せておいたぜ。そこら辺はしっかりとやるからな、安心して報告したらいい」
「……」
「なんて、ウソだけどな」
ジンがニヤリと笑う。
人影がピクリと、わずかに動いた。
「捕まった時点で、こうなることはわかっていたからな。プライドのために口を閉じるとか、そんなことありえないぜ」
「……」
「洗いざらい、全部、ぶちまけてやったよ。俺、ここまで人の質問に素直に答えたこと、人生で初じゃねえかなあ?」
「……」
「まあ、全部を知ってるわけじゃねえが……俺らの偉大なる雇い主さまに一歩、誰かが近づくだろうな。例えば……あの兄ちゃんとかな」
「……」
「これがまさしく、飼い犬に手を噛まれる、っていうことか? はははっ、ざまあみやがれ。多少のダメージを与えてやれたと思うと、せいせい……」
「……!!」
そこでジンの言葉が消えた。
首が切断されて、頭部が転がる。
言葉になろうとしていた声が、意味のない音となり、わずかに響いた。
「……」
頭部を失った肉体から、血が噴水のように湧き出る。
人影はその血を浴びる。
そのまま、立ち続ける。
たった今、人を一人殺した。
首を切り落とすという、とても残酷な方法で殺した。
殺しに慣れた人間だとしても、多少の感情の変化はあるものだ。
しかし、そんなものは人影は感じさせない。
欠片も心が動いていないというように、微動だにしない。
やがて……ジンの体がぐらりと傾いて、そのまま横に倒れた。
ドサッ、という音に反応して、見張りがやってくる。
「おい、なにを騒いで……ひぃっ!?」
「なっ、あっ……!? あ、頭が……な、なんで……!?」
二人の見張りが慌てて……
そして、人影は幻だったかのように、いつの間にか消えていた。
――――――――――
「ジンが……死んだ?」
翌日。
新しい情報はないかと、冒険者ギルドを尋ねたのだけど、予想すらしていない衝撃的な話を聞かされた。
昨夜、何者かが地下牢に侵入をして、ジンが殺されたという。
そんな話をした受付嬢は、周囲に聞こえないように、引き続き小声で言う。
「死体の状況から、他殺であることは明らかです。ただ、侵入経路がどうしても謎でして……内部犯の犯行もあるのでは? という疑いもあり、現在、当ギルドはてんやわんやなんですよ」
「侵入経路が謎っていうのは?」
「地下牢の入り口は一つだけ。見張りは常に二人以上。数時間前に見回りをした時はなにもなかった。そんな状態で、突然、なにも兆候がなくジンさんが殺されたものですから」
「なる……ほど」
それが本当なら、内部犯を疑うのも納得だ。
でも……本当に内部犯なんだろうか?
外部犯の可能性はないんだろうか?
例えば、空間を飛び越えるような魔法を使える人とか。
そんな魔法、聞いたことないけど……
でも、世界は広い。
もしかしたら、そんな魔法を使える人もいるのかもしれない。
「どうしたんですか?」
「えっと……いや、なんでもないよ」
ここで俺があれこれ考えても仕方のないことか。
調査は専門家に任せるべきだ。
「それじゃあ、事件に関する情報はもう得られないのか」
「そのことなんですけど……」
秘密ですよ? と前置きしてから、受付嬢が言葉を続ける。
「昨夜、最後の尋問で、ジンさんは黒幕の名前を口にしました」
「え、本当に?」
「裏付けはとれていないので、でまかせかもしれません。事件を解決に導いた功労者ですから、ハルさんに話しても構わないという許可はもらっていますが、口外無用でお願いします」
「了解。それで、黒幕の名前は?」
「ミリエラ・ユルスクール」
聞いたことのない名前だ。
いったい、どこの誰なのだろう?
そんな俺の疑問を察したらしく、受付嬢が追加で説明をしてくれる。
「ミリエラさまは、ここから北にある、迷宮都市アズライールの領主さまですよ」
「迷宮都市?」
「えっと……簡単に説明すると、都市内にダンジョンが存在するんですよ。そのダンジョンから得られる色々な恩恵で発展しているという、特殊な都市ですね」
「なるほど。それで、迷宮都市か」
「はい。ミリエラさまは、最近になって、その迷宮都市の領主に就任された方ですが……ただ、そんな方が今回のような事件を引き起こすかどうか。裏付けはとれていませんし、調査段階ですので、くれぐれも口外しないようにお願いします」
「わかったよ。あ……仲間にはいい?」
「えっと……はい、構いません。ただ、それ以上は……」
「わかっているよ。俺たちだけの話にしておくから」
「お願いします」
迷宮都市の領主、ミリエラ・ユルスクール……か。
どうやら、次の目的地が決まったみたいだ。
色々とあってまた引っ越しをするので、更新を一週間休ませていただきます。
更新再開は4月29日を予定しています。
詳細は活動報告にて。
よろしくお願いします。




