427話 姉妹・その2
建物の中に入る。
「……」
『蒼の庭』はいつもと変わらない様子で、誰もいない。
静けさに包まれていて、ここだけ街の喧騒と切り離されているかのようだ。
奥へ進むと、二人の人影が現れた。
それは……
「おかえりなさい」
「どうしたのですか、怖い顔をして?」
フランとフラメウだ。
フランは、にっこりと元気な笑みを浮かべていて。
フラメウは、優しく穏やかな笑みを浮かべている。
一見すると、なにもおかしなところはない。
いつもと同じなのだけど……
でも、『なにか』が決定的に違う。
「あなた達は……誰だ?」
フランじゃない、フラメウじゃない。
彼女達は、こんな空っぽの……見せかけの笑みは浮かべない。
いや。
もしかしたら、これこそが彼女達の本当の姿なのかもしれない。
「ありがとう」
フランが笑顔で言う。
今までと違い、ちょっと気さくな口調だ。
ただ……
その奥に悪意がにじみ出ている。
「お兄ちゃん達のおかげで、私達、ちゃんと目的を達成することができたよ」
「目的……?」
「この街を衰退させること。それが私達の目的」
「……どうして、そんなことを?」
「この街の人間は増えすぎました」
フラメウが答える。
フランと違い、その口調は変わらないけれど……
以前は感じられた温もりが、今はまったく感じられない。
まるで人形のようだ。
「あの男が領主になったことで街は発展して、たくさんの人間が流れ込んできた。そのような一極集中は、私達の望むところではありません」
「だから、ちょーっと減らしたかったんだよね。あるいは、衰退させたかった」
「災害を起こしてもよかったのですが……復興後、今まで以上に強くたくましくなることがある。それが人間というものなので、あまり良い手段とはいえませんでした」
「だから、街が発展するきっかけを作った領主を排除することにしたの」
「とはいえ、私達が表立って動くことは、できることなら避けたいです」
「そ・こ・でぇ……」
「俺達を利用した……っていうことか」
二人の目的を理解して、顔をしかめた。
俺達は、彼女達の手の平の上で踊らされていたわけだ。
よくよく考えてみると、おかしいところはあった。
『蒼の庭』のような宿を、子供が一人で運営できるわけがない。
客がやってこないとしても、すぐに破綻を迎えてしまうだろう。
それに、フランの母親に会ったことがない。
話を聞くだけで、直接話を交わしたことはない。
フラメウにしてもそうだ。
旅先で知り合った女の子の姉と、たまたま街中で知り合う。
そんな偶然あるわけがない。
なにもかも、最初から全部仕組まれていたのだろう。
「改めて自己紹介するね、お兄ちゃん」
フランがにっこりと笑い、スカートをつまみつつお辞儀をする。
「私は、第七世代型汎用天使フランだよ♪」
フラメウは静かに微笑み、同じようにスカートをつまみ頭を下げる。
「私は、第八世代型殲滅天使フラメウです」
世界を裏で調整するもの。
神の尖兵。
天使……か。
二度、遭遇したことがあるけど……
いずれも人形のような外見で、フランやフラメウのような自我はなかった。
どういうことだろう?
「くすくす。お兄ちゃんが戦ったのは、第三世代型だね」
「なっ……もしかして、俺の心を?」
「ううん。だって、お兄ちゃん、考えていることがものすごくわかりやすいんだもの」
思わず自分の顔に手をやってしまう。
ちょくちょく、そんなことを言われるのだけど……
そんなにわかりやすいかな?
「第三世代型は自我もなく人形っぽくて、ただただ与えられた命令をこなすだけなんだよ。私達のような最新タイプとは違うの」
「……あれで?」
「あれで」
相当苦戦させられたんだけど……
それでも旧タイプ、っていうことなのか。
それなら、最新タイプのフランとフラメウはどれだけの力を持っているのだろう?
あまり考えたくない。
身構えると、フランはひらひらと手を振る。
「あ、警戒しなくてもいいよ? 私達、お兄ちゃんと戦うつもりはないから」
「そう……なの?」
正体を表したのは、用済みになった俺達を処分するため……とか考えていたんだけど。
「んー……ぶっちゃけると、お兄ちゃんは敵なんだよね。お母さんの……あ、本当のお母さんのことね? お母さんの敵だから、私達の敵」
お母さんというのは、もしかして『神』のことか?
「だから、叩くべき時に叩かないといけないんだけど……でも、ちょっともったいない気がして。あとあと、私達がお兄ちゃんを気に入った、っていうのもあるかな? できれば戦いたくないんだよねー。ほら。お母さんの敵だけど、でも、私達は自我を与えられているから。それってつまり、ある程度は私達の裁量で判断してもいい、っていうことだよね? なら、問題ないよね」
ぺらぺらとよく喋る。
「結局のところ、なにが言いたいんだ?」
「私達の仲間にならない?」




