424話 疼き
「ハルさん♪」
記憶を取り戻すことができて、アンジュはとても嬉しそうだ。
それはたぶん、俺達との思い出を大事にしてくれているということ。
だとしたら俺も嬉しい。
ただ……
「「「待てっ、逃げるな!」」」
たくさんの兵士に追いかけられていた。
心なしか、さきほどよりも増えているような気がする。
屋敷中の兵士が集まってきているのかな?
「あの……」
「どうしたの?」
「やはり、私も走って……ハルさんに、これ以上迷惑は……」
「迷惑なんてことないよ」
アンジュの言葉を遮り、それ以上は言わせない。
「記憶が戻ったばかりなのに、無理をさせることはできないよ」
「ですが……」
「こういう時は甘えてほしいな。仲間でしょ?」
「……はい」
アンジュは嬉しそうに笑う。
それから、おずおずと俺の胸に顔を預けてきた。
「アンジュ?」
「え、えっと……この方がいいのかな、と思いまして」
「うん、そうだね」
運びやすいように配慮してくれたんだろう。
「とはいえ……」
「「「待てぇっ!!!」」」
兵士の数はどんどん増えている。
どうしようかな?
いっそのこと、まとめて吹き飛ばそうか?
今の俺なら、適当な魔法でもそれが可能で……
「……っ!?」
恐ろしいことを考えていた自分に気がついた。
まとめて吹き飛ばすとか、なにを考えているんだ?
どうしてそんなことを……
魔王を継いだ影響……かな?
力を継承した時、一緒に彼の記憶もある程度流れ込んできた。
その記憶によると、先代は目的のためには手段を選ばず……
そして、どのような犠牲を出したとしても、目的を達成しようとしていた。
かなり過激な人物だ。
その影響を受けているとしたら……
「……気をつけないと」
「ハルさん?」
「ううん、なんでもないよ。とりあえず、魔法を使うからしっかり掴まってて」
「は、はい!」
アンジュがぎゅうっと抱きついてきた。
俺が想定していたよりも『しっかり』なのだけど……
まあいいか。
「ファイアボム!」
兵士達の手前で魔法を炸裂させた。
空気がビリビリと震えるかのような強い爆発。
それに煽られて、いくらかの兵士が転んで、それなりの兵士が恐れで足を止めた。
「ふむ」
脱落者は一割以下。
三割くらいは、一時的に足を止めることができた。
……という感じかな?
思っていたよりも成果が少ない。
手加減しすぎたかな?
やっぱり全力を出した方がいいかもしれない。
領主に命令されているだけで、兵士に罪はない?
そんなことを気にしていたらなにもできない。
俺の道を遮るのなら、それは全て敵で……
「……っ……」
まただ。
今、過激な思考に染まりかけていた。
なんだろう?
心が疼く。
魂が疼く。
自覚なしに好戦的になってしまうのだけど……
これも、もしかして魔王を継いだ影響なのだろうか?
もしかしたら。
彼の敵が近くにいるのだろうか?
だから、こんなにも精神がざわついている?
「ハルさん?」
「……ううん、なんでもないよ」
もしも敵がいるとしたら、なにを狙っているのだろう?
偶然出くわした……なんて楽観的すぎるから、今回の件、裏で糸を引いていた?
でも、そんなことをする目的が……
いや、考えるのは後にしよう。
今は、とにかくアンジュを最優先で。
安全なところに逃げてから……
「ハルさん!?」
「っ……!」
アンジュの悲鳴。
素早く視線を走らせると、まっすぐに矢が飛んでくるのが見えた。




