421話 知るか
「……人の話を聞いていなかったのかな?」
わずかにエグゼアの表情に険が交じる。
今の話で納得してもらえると思っていたらしい。
でも、俺からしたらおかしい話だ。
そんなもので納得できるわけがない。
「貴族の責務。それは民のために働くこと。うん、それは納得できるよ。わかる話ですね」
「ならば……」
「でも、それを言うのなら、アンジュはこの海洋都市のためじゃなくて、城塞都市アーランドのために働くべきですよね? なんで、自分が生まれ育った故郷を一番にしないんですか? なんで、まったく関係ない他所の都市を一番にしないといけないんですか?」
「……」
エグゼアはわずかに顔をしかめた。
痛いところを突かれた、という感じだ。
「そういう話を進めるなら、オータム家に正式に話を通すべきだ。でも、あなたはそれをしていませんよね? なぜ? まっすぐな方法でアンジュと結婚しようとしていないからだ。自分のことしか考えてなくて、相手の事情を無視しているからだ」
「……そのようなことはない。私は、彼女のことをきちんと考えている」
エグゼアは小さな笑みを浮かべる。
なにかしら打開策を思いついたのかもしれない。
「彼女は、私の求めに応じてくれた。そして、式に出てくれた。それこそが彼女の意思だ。私に応えてくれていると考えるのが自然では?」
「アンジュは記憶喪失、って聞いているけど? それを良いことに、あれこれと弱味につけこんで、断ることができない状況に追い込む……そういうことですよね?」
「そのようなことはない。政治的な要素がないとは言えないが、しかし、私は彼女を愛している。弱味につけ込むようなことはしない」
エグゼアは胸に手を当てて、語る。
心の声を聞かせるかのように、真摯に語る。
その姿は立派なもので……
参列者や彼を慕う部下達は目を輝かせていた。
うん。
人心掌握術はかなりのものだ。
わりと強引な改革を行っているにもかかわらず、今まで破綻を迎えていないのはそこに理由があるのだろう。
でも……
「まあ、いいや」
「なに?」
「実のところ、俺が正しいとかあなたが正しいとか、そういう論戦をするつもりはないんだ。この結婚式の是非を問うつもりはない。単純に、アンジュをこのままあなたに渡すつもりはない……だから、彼女をさらう。それだけなんだよね」
実のところ、けっこう腹が立っていた。
記憶喪失のアンジュをいいように利用して……
そのために、ナインを脅して、その心を傷つけて……
フランを怖い目に遭わせて、フラメウも利用して……
色々とやりすぎだ。
「だから、邪魔させてもらうよ」
「……貴様の行いで、どれだけの混乱が出ると思っている? 海洋都市の発展を妨げるだけではなくて、この先、大きな問題が……」
「知るか」
エグゼアがなにか言おうとするが、それを遮り、言い放つ。
都市の発展?
どうでもいい。
街の安定?
どうでもいい。
それよりもアンジュの方が大事だ。
仲間の笑顔を守ることの方が大事だ。
薄情な話だけど……
見知らぬ誰かのことを考えるよりも、身近の仲間のことを優先する。
心地いい言葉だけを並べてなんかいられない。
なんだかんだ、俺の心は人間だ。
自分に都合のいいことを優先する。
「あいにくだけど、そういう話は俺には通じないよ。なにしろ、俺は魔王だからね」
「なにを言っている?」
「ある意味、この世界を敵にしているようなものなんだ。そういう当たり前っぽい言葉に惑わされるほど、弱い覚悟は持っていない。だから……」
「ひゃっ」
ずっと成り行きを見守っていたアンジュを、さらにぐいっと抱き寄せた。
「花嫁はいただいていく」
「えっと……」
「いいね? アンジュ」
「……はい……」
どことなくぽーっとした様子で、アンジュは頷くのだった。




