420話 奪わせてもらう
式が始まった。
拍手や歓声と共に、きらびやかな衣装に身を包んだエグゼアと、ウェディングドレスを着たアンジュが現れる。
こんな時になんだけど、とても綺麗だ。
視線が誘われてしまい、じっと見つめてしまうような魅力がある。
「……」
こんな偽物の式じゃなくて……
将来、彼女の隣に立つ人は誰なんだろう?
ふと、そんなことが気になった。
「って、集中しないと」
この作戦の要は俺だ。
アンジュをさらうことができないと、全てが破綻してしまう。
表で陽動をしてくれているアリスとレティシアとサナ。
冒険者や憲兵を動かしてくれるフラン。
証拠を集めてくれているフラメウ。
その他、たくさんの人のため、絶対に失敗することはできない。
「よし」
気合を入れた。
もう大丈夫。
「……新郎エグゼア・ケインリッヒ。汝、健やかなる時も病める時も共に道を歩み、永遠の愛を捧げることを誓うか?」
「誓いましょう」
「……新婦アンジュ・オータム。汝、健やかなる時も病める時も共に道を歩み、永遠の愛を捧げることを誓うか?」
その先は言わせない。
「ファイアボム!」
ガッ!
魔法で天井を砕いて、そのまま式場に乱入した。
目測はピッタリ。
アンジュのすぐ隣に着地することができた。
「きゃ!? あ、あなたは……」
「ちょっと強引だけど、こっちに来てもらうよ」
アンジュの手を引いて、細い腰に手を回す。
自然と抱き寄せる形になってしまうのだけど……
非常事態なので許してほしい。
「え、えっと……その……?」
「お願い、アンジュ。俺に全部任せて」
「……は、はい……」
どこかぽーっとした様子でアンジュが頷いた。
たまにこんな顔をする時があるんだけど……
もしかして記憶が戻ったのかな?
それとも、ただの名残?
「……君は誰かな?」
静かな声が飛んできた。
エグゼア・ケインリッヒだ。
こうして対面して、言葉を交わすのは初めてだ。
思っていた以上に落ち着いていて、若々しい。
気力と精力にあふれていて、強いオーラを感じる。
なるほど。
強引な改革を成し遂げようとするだけのことはある。
行動力、精神力はかなりのものだ。
「怪盗です」
「怪盗?」
「花嫁をいただきに参りました」
こうなったらとことんやってやろうと、それっぽくキメて見せた。
ちょっと恥ずかしいけど、でも、妙な快感もある。
演じる、というのは楽しいかもしれない。
「あなたは彼女を愛していない。心ではなくて、彼女の地位を求めている。そのような結婚を認めたら、彼女が不幸になることは目に見えている。それは許せない……故に、こうして横槍を入れることにしました」
本来なら、アンジュをさらい、すぐに離脱した方がいい。
でも、俺も囮なのだ。
アンジュをさらうという大事件を起こすことで、屋敷に残った者、全ての意識をこちらに向ける。
そうすることでフラメウは問題なく動けるだろう。
アリス達の陽動。
俺の囮。
二段構えの策だ。
「なるほど。愛がないから認められない、か」
「そういうことですね」
「それのなにが悪い?」
「え?」
エグゼアは少しも悪びれることなく、むしろ正しいことをしていると言うかのように堂々と主張する。
「愛のある結婚。なるほど、それは確かに理想的だ。しかし、それが全てではない」
「愛のない結婚が正しいと?」
「時と場合による。そして、今回はそれが適用される。なぜならば、私は貴族だからだ。そして、彼女もまた貴族だ」
「……」
「貴族とは民のために働かなくてはならない。その生活を向上させるため、その身を守るため。そのために己を殺し、心を殺さなくてはいけない。そうすることが正しいのだよ。貴族の責務というものだ」
なるほど。
敵の話ではあるけれど、一理あると納得してしまった。
単純にアンジュの権力を求めて、と思っていたけど……
そうではないみたいだ。
彼なりに街のことを考えての決断らしい。
合理主義者らしい判断だ。
「貴族ならば、その身を政治の道具にする覚悟がなければいけない。そうだろう?」
「私は……」
「ならば、私と結婚することが正しい道なのだよ。それを理解してほしい。さあ、私のところへ戻っておいで」
「……」
迷うアンジュ。
そんな彼女をしっかりと抱きしめて、
「でもやっぱり、それは許せないよね」
俺は、きっぱりとそう言ってやった。




