42話 人が変わる
意外というか、ジンは素直に事情聴取に応じていて……
そのことで、一連の事件の全容が解明された。
聖女……男の場合は、聖人か。
あるいは、大神官になりたいという野心を抱いたオルドは、アンジュかロナのどちらかを陥れることを計画した。
そのためにジンを雇い、あれこれと画策して、裏で動いた。
一方で、ジンはジンで独自の目的があったらしい。
アーランドの発展を快く思わない者に雇われ、オルドなどをそそのかすことで、内部から崩壊させていこう、という魂胆だ。
そんなことまで考えていたなんて、さすがに予想できず、その話を聞いた時は驚いた。
ただ、その企みは潰えた。
ジンの供述により、オルドも捕らえられた。
アンジュの容疑は晴れて……
また、利用されようとしていたロナも無事、助けられることに。
ジンの企みが成功していたら、どうなっていたことか。
その時のパターンを考えると、ゾッとしてしまう。
なにはともあれ。
無事に事件は解決。
ジンは捕まったため、その報告を俺がアンジュにすることに。
「……っていうわけなんだ」
アンジュの屋敷を尋ねて、一連の事件の説明をした。
「なるほど、そんなことが……よかったです」
「よかった?」
「あ、すみません。言葉足らずで。ロナが犯人じゃなくて、よかったな……という」
「ああ、なるほど」
アーランドの大神官は親友と聞いている。
当初は、ジンの言葉に惑わされそうになったけれど……
でも、今は完全に疑いが晴れている。
そのことを喜ぶように、アンジュは笑顔だった。
ただ、その顔がふと難しいものに変わる。
「それにしても……オルド神官が黒幕だったんですか」
なぜか、訝しむような表情だ。
「なにか気になるところが?」
「いえ、その……根拠はなにもないんですけど」
ただの勘のようなものです、と付け加えてから、次の言葉を並べていく。
「確かに、オルド神官は強い野心を持つ方です。ただ、それは地位や名誉を欲しているわけではなくて、自分ならばこの街をより良い方向に導くことができるという、そんな自信が源にある方なんです。間違っても、己の欲のためだけに、私やロナを陥れるようなことをする方ではなかったんですけど……」
「うーん……水を差すようなこと言って悪いけど、オルドの性根を見抜けなかった、っていうことはない?」
申しわけなさそうにしつつ、アリスがそんな質問を口にする。
アンジュには悪いが、俺も同じことを考えていた。
オルドのことは、夜の冒険者ギルドで待ち構えていた時に、軽く会話を聞いたくらいしか知らないけれど……
とてもじゃないけれど、アンジュの言うような清らかな人とは思えない。
「……私がオルド神官の本性を見抜けていなかった、という可能性はあると思います。私は神様というわけじゃないですから、オルド神官の演技に騙されていたかもしれません。それでも……やはり、違和感を覚えてしまうんです」
「失礼ながら……私もお嬢さまの意見に賛成です。お嬢さまに同行することで、何度となくオルド神官と顔を合わせる機会がありましたが、やはり、このような事件を起こす人には見えませんでした」
「「……」」
アリスと顔を見合わせる。
アンジュ一人なら、勘違いなどの話で済ませられるかもしれない。
しかし、そこにナインも加わるのならば?
どういう結論に至るべきなのか、少し悩んでしまう。
「なんか、どこかで聞いた話っすねー」
一人マイペースに本を読んでいたサナが、パタンと閉じて、そんなことを言う。
「どこかで?」
「師匠の話と似てないっすか?」
「え?」
「その、オ、オ……オコメ神官」
オルド神官ね。
「そいつとレティシア……どちらも、人が変わったようになる、っていうポイントは似てると思ったっす」
「言われてみると……」
「確かに……」
アリスと二人、納得してしまう。
レティシアも、昔は優しかった。
しかし、ある時を堺に、別人になったかのように性格が変わってしまった。
オルド神官との共通点がないとは言えない。
でも……
そうだとしたら、どういうことなんだ?
もしかして、オルド神官の豹変には、なにかしらの原因が?
そして……それは、レティシアにも適用される?
レティシアが今のような性格になったのは、単純にひねくれたわけじゃなくて、なにかしらの外的要因がある……ということなのだろうか?
「……ダメだ、考えてもわかることじゃないか」
情報が足りないから、どんなことを考えても『かもしれない』で終わってしまい、確かな答えにたどり着くことができない。
今の状況で、あれこれと考えるだけ無駄だろう。
「すみません、ハルさん……余計なことを口にして、混乱させるつもりはなかったんですけど……」
「いや、アンジュは気にしないで。むしろ、言ってもらってよかったと思うよ」
「と、いうと……?」
「もしかしたら、レティシアの性格が変わったのは、なにかしらの原因があるのかもしれない。それなら……俺は、その原因を探してみたいと思う」
情報が足りないのなら、あちらこちらで探して集めればいい。
答えを導き出せるようになるまで、必要なだけ情報収集をすればいい。
ただ、それだけのことなんだ。
「ってことは、師匠は、これからその原因を探ることを目的とする、って感じっすか?」
「うん、そうなるかな」
一流の冒険者になりたいという夢は、レティシアと一緒にいた頃に抱いたものだ。
今もその夢は続いているのだけど……
でも、優先順位に差が出てきた。
もしも、レティシアを変えてしまうような『なにか』が存在するのだとしたら……
それを排除したい。
そして、元のレティシアに戻ってほしい。
「ハルってば、ものすごいお人好しね」
「そうですね、お人好しです」
俺の考えを話すと、アリスとアンジュが呆れたような顔で、そう言う。
ナインとサナはなにも言わないものの、表情は二人にとてもよく似ている。
「単にレティシアの性根がねじまがっている可能性もあると思うし……なにかあったとしても、レティシアがやったことは消えてなくならないわ。ハルが受けた仕打ちは消えないのに」
「それなのに、ハルさんは原因を排除したいなんて……お人好しすぎます」
「えと……二人共、怒ってる?」
「「代わりに怒っているの」」
こんな時になんだけど……
自分のことで誰かに怒ってもらうっていうのは、うれしいことなんだな。
「でも」
「それがハルさんらしいのかもしれませんね」
一転して、二人は笑顔になる。
ナインとサナも、合わせて笑顔になる。
俺らしい……のかな?
よくわからないけど……
でも、俺という個人を認めてくれたみたいで、再びうれしいという思いが心に広がるのだった。
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