418話 陽動……?
「ここが領主の屋敷ね」
アリス、レティシア、サナの三人が領主の屋敷にやってきた。
普段は、門番は数人と聞いているが……
今日は特別な日ということで、数十人の兵士が屋敷の警護にあたっていた。
表に出ているのが数十人というだけで、実際は、もっと多くの兵士がいるだろう。
数倍……
下手をしたら十倍の百人以上。
それらの大半を誘い出さないといけない。
とても重大で大変な仕事なのだけど……
「ふっふっふ、腕が鳴るっす!」
サナはあっけらかんとした様子で、不敵な笑みを浮かべていた。
早く戦いたくて仕方ないといった感じで、尻尾がヒュンヒュンと揺れている。
それを見て、レティシアが呆れた様子で言う。
「あんた、緊張とかしないわけ?」
「なんでっすか?」
「陽動だから、できる限り派手に、長く暴れないといけない。その上、相手を殺したらいけない」
兵士達は領主の命令に従っているだけ。
彼らに罪はない。
だから、できる限り傷つけたくないし、命を奪うなんてダメ。
……という話をハルからされていた。
「まったく、めんどくさい話ね。片っ端から斬り捨てた方が早いってのに」
「レティシア、あなた、また闇落ちしてない……?」
「してないわよ、ふんっ」
怪しい……と、ついついジト目を向けてしまうアリスだった。
とはいえ、本気で疑ってはいない。
元々、レティシアは小さい頃から活発で過激なところがあった。
木の枝を武器に近所を冒険して……
スライムと遭遇すると、逃げるのではなく立ち向かったり……
なかなか大変な思い出だ。
よく無事だったなあ……と、アリスは遠い目になった。
「自分は大丈夫っすよ。ちゃんと手加減を覚えてますからね!」
「あたしも問題ないわ。まあ、治癒院送りは覚悟してもらうけど」
「まあ……とりあえず、やってみましょうか」
ハルから、二人をお願い、と頼まれているのだけど……
果たして、自分は、この暴走馬車みたいな二人をコントロールできるのだろうか?
アリスは、やれやれとため息をこぼす。
「いい? 事前の打ち合わせの通り、殺しは絶対にダメ。そこまでしたら、さすがにまずいわ」
「めんどうね」
「他にも意味はあるわ。負傷兵を出すことで、敵は、仲間の救助をしないといけなくなる。その分、手が止まって戦う相手の数が減る。だから、やりすぎはダメ」
「……なかなか、えげつない作戦を考えるわね」
「やばいっす」
「あたしじゃないわよ!?」
基本的な作戦はハルが考えた。
兵士をほどほどに負傷させて、救助で仲間の手を奪うという作戦もハルが考えたものだ。
それなのに、その態度は納得できない。
アリスはちょっと涙目になって、必死に否定した。
ひどい風評被害だ
「まあ、冗談はここまでにして」
レティシアは不敵に笑い、剣の柄に手を伸ばす。
「あちらさん、私達に気づいたみたいよ?」
見ると、兵士達がレティシア達に視線を送っていた。
うさんくさいものを見るような目で、警戒した様子だ。
中には武器に手を伸ばしている者もいる。
「アリス、細かい作戦はある?」
「ないわ。せいせい、三人で死角を補うこと、くらいかしら?」
「それで十分」
「あ、そうそう。サナは、好きに暴れていいわよ」
「なんか、自分、雑じゃないっすか!?」
サナはドラゴンだから、よほどのことがない限り危ないことにはならないだろう。
それに、性格上、コントロールも難しいので好きにやらせた方がいい。
そんな判断なのだけど、口にしたら拗ねられてしまいそうなので、アリスは黙っておくことにした。
「ここは領主さまの屋敷だが、なにか用か?」
「今日は大事な日だ。悪いが、用があるのなら後日にしてくれ」
兵士達が声をかけてきて……
それに対して、レティシアがニヤリと笑う。
「どうしても外せない用があるわ」
「なんだって?」
「殴り込みをかける、っていう大事な用がね!」
レティシアは、風のような速度で剣を抜いた。
そのまま剣を横に寝かせて、刃の腹で兵士の脇腹を叩く。
刃を寝かせているとはいえ、剣で叩かれればひとたまりもない。
ましてや、レティシアは剣の扱いに長けた勇者だ。
絶妙な角度、速度で剣を叩き込まれて、兵士は一撃で昏倒した。
「なっ!?」
「貴様、なにをする!?」
「言ったでしょ。殴り込み、ってね」
レティシアはちょいちょいと手招きをして、これ以上ないほどの挑発をする。
それを見たアリスとサナは、うわぁ、と引く。
「……アリス」
「……なに?」
「自分達、ものすごい悪役っすね」
「言わないで、お願いだから言わないで」
頭が痛い。
でも、しっかりと陽動を成し遂げないといけない。
アリスはため息をこぼしつつ、レティシアの後に続いた。




