415話 自分を許して
「……なによ」
アリスの告白を聞いて、レティシアは不機嫌そうな顔に。
それもそうだろう。
なんだかんだ、レティシアはハルに好意を抱いている。
家族に向けるものではなくて、異性に向ける愛情。
それをアリスも理解しているはずで……
その上で、ライバル宣言のようなものをしたのだ。
レティシアの性格からして、あまり好ましくない発言だ。
「でもって、アンジュもハルを好きよ」
「……知っているけど」
「クラウディアも好きね」
「だからなに?」
レティシアはイライラした。
どうしてアリスは、自分を苛立たせることを言うのだろう?
「あんた、私にケンカを売っている? いいわ。それなら、買ってやろうじゃない」
「まさか。そんなつもりはないわ」
「なら、なに? なにが言いたいの? というか、余計なおせっかいでも焼くつもり? だとしたら放っておいてくれない。そういうの、本当にいらないから」
「はぁ……」
ハリネズミのように尖るレティシアの態度を見て、アリスはため息をこぼす。
呆れ半分。
微笑ましさ半分。
拗ねる子供をなだめる親のような感じだ。
「なによ」
「ほんと、素直じゃないわね……と思って」
「やっぱりケンカを売っているのね」
「あのね」
レティシアは剣呑な表情でアリスを睨みつけるものの、それをさらりと受け流す。
そんなものはどうでもいい。
それよりも話したいことがある。
伝えたいことがある。
アリスはまっすぐにレティシアを見て、優しい表情で言う。
「人を好きになるのに資格なんていらないわ」
「……」
レティシアはキョトンとした。
そんなことを言われるなんて、欠片も思っていなかった。
そんな風に考えていいなんて、欠片も想像できなかった。
そういう反応だった。
「……なによ、それ」
どうしていいかわからなくて。
でも、素直にアリスの言葉を受け止めることができなくて。
レティシアは、拗ねるようにそれだけを返す。
そのまま、ふいっと視線を反らしてしまう。
そんな反応を気にすることなく、アリスは言葉を続ける。
「ハルに受け入れてもらえるかどうか、それはわからないけどね。でも、想うことは自由よ」
「……それ自体が迷惑をかけるのに」
「その時はその時で」
「開き直るの?」
「そう、開き直るの」
アリスは笑う。
「女の子は、多少、わがままで行くくらいでいいの。それが特権よ」
「……無茶苦茶ね」
レティシアは苦笑する。
苦い笑みだけど……
でも、確かに笑っていた。
「前も似たような話をしたでしょう? その時は、もっと前向きだったと思うけど」
「ただの虚勢よ」
「なんで虚勢を?」
「……また拒絶されたら、たぶん、立ち直れないから」
レティシアは、一度、ハルに絶縁を突きつけられた。
パーティーを抜けるだけではなくて、幼馴染の縁を断つと言われた。
それまでのことを考えると、絶縁を突きつけられたのも仕方ない。
仕方ないのだけど……
当時、レティシアは酷いショックを受けた。
地獄に突き落とされたかのような、強烈な絶望を味わった。
あれをもう一度、味わうとしたら?
今度は耐えられない。
心が砕けて、子供のように泣きわめいてしまうだろう。
「だから……嫌なのよ」
「そっか。なら、あたしが支えてあげる」
レティシアの悩みを吹き飛ばすかのように、アリスはあっさりと言う。
「なにを……」
「繰り返しになるかもだけど、あたしとレティシアはライバルよ」
「……そうね」
「でも……ううん、だからこそ放っておけないの。ライバルが弱ってくれたわーい、なんて無邪気に喜べないのよね」
「……なによ、それ。ハルみたいなお人好しじゃない」
「ハルみたいになりたいと思っているから、その成果が出たのかも?」
「ハルみたいに……ねえ」
レティシアは少し考えて、
「それ、やめておいた方がいいわよ。ものすごく苦労しそう」
「好きな人なのに、ひどい言い方」
「だって事実だもの。ハルよ?」
「そうね、ハルね」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせて、
「ふふ」
「あは」
くすりと小さく笑う。
暗い感情はない。
子供のように無邪気で純粋な笑みだ。
「……これからどうするか、それはわからないけど」
レティシアは明後日の方向を見つつ、小さな声で言う。
「できる限りがんばってみようと思うわ」
「うん、がんばれ」
アリスはにっこりと笑うのだった。




