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413話 迷う心

「……」


 アンジュは、ぼーっと窓の外を眺めていた。


 一週間後に領主と結婚することになった。

 そのことについて、色々と考えてしまう。


 記憶を失い、お金も食べるものも持たず……

 野垂れ死ぬところだったところを領主に助けられた。


 保護してもらい、衣食住を提供してくれた。

 それだけではなくて、ナインも保護してもらい……

 記憶を取り戻すため、色々な方法を模索してくれた。


 たくさん優しくしてくれた。

 たくさんの恩がある。


「私が……結婚?」


 ある日、領主から求婚された。


 エグゼアは、アンジュに一目惚れしたらしい。

 それだけだと胡散臭いと思ってしまうだろうが……


 しかし彼は、打算があることも明かしてくれた。

 アンジュはオータム家の娘で、そこに価値を見出して、求婚した。

 それもまた事実。


 正直に全てを打ち明けてくれたことは好感が持てる。


 エグゼアの人柄はよくわからない。

 出会ってまだ少しなのだから当然だ。


 ただ、これから知ることはできる。

 少なくとも、絶対に一緒にいたくない……とは思わないから、少しずつ理解していくことは可能だろう。


 優しくしてくれた。

 助けてくれた。

 誠実な人ではあると思う。


 普通に考えるのなら迷うことはない。

 迷うことはないのだけど……


「なん、でしょう……?」


 結婚のことを考えると、ひどく落ち着かない気持ちになる。

 好条件のはずなのに、これでいいのか? と何度も自問してしまう。


 魚の小骨が喉に引っかかり、ずっと取れないのと同じように……

 ひどくもどかしい。


「なにか……大切なことを……」


 これでいいのか?

 本当にこのままでいいのか?

 失われた記憶が、そう呼びかけているかのようだ。


 アンジュの心はひどくざわついていた。


「お嬢さま」

「ナイン!」


 扉が開いてナインが姿を見せた。

 アンジュはぱあっと顔を明るくして、彼女に抱きつく。


「ナイン!」

「お、お嬢さま……?」

「よかった、無事だったんですね」


 領主に保護された後、彼女と顔を合わすことはほとんどできなかった。

 数回、一分に満たない時間、話をしたくらいだ。


 ひどい目に遭っていないだろうか?

 いつも心配して、すごく落ち着かなかった。


「大丈夫ですか? 怪我はしていませんか? 元気はありますか?」

「私は大丈夫です。というか、それは私のセリフなのですが……問題なさそうですね」

「ふふ」


 家族と一緒にいるかのように安心できる。

 アンジュは、心からの笑みを浮かべていた。

 ここ最近の不安なんか全て忘れてしまう。


「お嬢さま」


 ナインは笑みを消して、すぐ真面目な顔を作る。

 ようやく面会の時間を取れたから会いに来た……なんて気軽な話ではないらしい。


「エグゼア……いえ、領主さまと式を挙げるというのは本当でしょうか?」

「ええ……はい。たくさんの恩を受けましたから。それに、一緒にいることで彼を理解することも大切なことではないかと……」

「……本当にそれでいいのですか?」

「え?」

「お嬢様の心には、他に想う方がいらっしゃるのではありませんか?」

「……他に……」


 ナインの言葉は、アンジュの胸に深く突き刺さる。


 矢のように鋭い言葉ではない。

 むしろ逆で、砂糖のように甘く、心をとろけさせてくれる。

 なにか、大切なものを刺激してくれる。


「私は……」


 思い出したい。

 でも、思い出せない。


 アンジュは唇を噛んで、胸元をぎゅっと押さえた。


「よかった」

「え?」

「お嬢様のその反応で十分です。私がやろうとしていることは間違っていないと、改めて確認することができました」

「ナイン? あなたは……」

「エグゼアのことがあるため、全てを話すことはできません。お嬢様は、お嬢様らしく、そのままでいてください。それが、今の私の望みです。そして欲を言うのならば、私を……いえ。私達を信じてくださいませ」

「もちろんです」


 即答だった。


 ナインがなにを考えているのか。

 なにをしようとしているのか。

 それについてはまったく心当たりがない。

 さっぱりわからない。


 ただ、ナインのことは誰よりも信頼している。

 記憶を失っていたとしても、心が……魂が訴えているのだ。

 彼女は最高の従者であり、そして、友達である……と。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[一言] アンジャもアンジャで違和感はあっても記憶喪失だからハッキリ出来ず流される形になってるけど(ʘᗩʘ’) 今思ったんだが今回の結婚式は領主の独断だから肝心のアンジュの身内、ご親族抜きで行うつも…
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