409話 協力要請
「えっと……あ、この前はありがとうございました」
すぐに俺のことを思い出してくれた様子で、フラメウはにっこりと笑う。
よかった。
これで忘れ去られていたら、間抜けにもほどがあるからね。
「今日も買い物?」
ナインから情報をもらっているけど、そんなことは表に出さないで、しれっと聞く。
「ちょっとしたミスで、食材が足りなくなってしまい……」
「それ、全部?」
「はい」
「手伝うよ」
「え? ですが……」
「気にしないで。ちょうど、領主さまの屋敷の近くまで行く用事があるから」
「えっと……ありがとうございます」
フラメウはぺこりと頭を下げて、こちらに荷物を渡してくれた。
以前と同じように、肩を並べて領主の屋敷へ向かう。
「まだ滞在されていたんですね」
「うん。ここは本当に良いところだから」
「ふふ、ありがとうございます」
以前言ったように、フラメウは海洋都市と、それを運営する領主のことを誇りに思っているみたいだ。
この笑顔を見ればよくわかる。
「……」
本当のことを告げればどうなるだろう?
どんな反応を見せるだろう?
裏切られたと嘆くだろうか。
あるいは、信じてくれないだろうか。
どちらにしても、このまま、っていうわけにはいかないよな。
彼女のためにも、フランのためにも。
「……あのさ」
「はい?」
「フラメウは、領主さまのことを慕っているんだよね?」
「そうですね。領主さまにはたくさん助けられていますし、それに、この街になくてはならない人だと思っています」
「そっか」
少し間を置いて、本題に入る。
「もしも……その領主が悪事に手を染めていたら?」
「え?」
「領主が悪事に手を染めていたら、フラメウはどうする?」
「……それは、どういう意図があっての質問なのですか?」
フラメウは厳しい表情でこちらを睨みつけてきた。
敬愛する人を侮辱するようなことを言われたのだ。
普通の反応だと思う。
でも、これはこれでアリだ。
今の言葉に反応するということは、ある程度は俺の言ったことを気にしている、ということだ。
そんなことあるわけないですよ、とか言いつつ笑われたりしたら、まったく気にしていないことになる。
悪い反応だとしても、気にしてもらえる方が遥かにやりやすい。
「あなたは良い人だと思うのですが……それでも、領主さまを貶めるようなことを口にするのならば許せません」
「貶めるつもりなんてないよ。事実だ」
「まだそのようなことを……!」
フラメウは、キッとこちらを睨んできた。
強い敵意を感じる。
そんなふざけた話、聞く価値はないと怒りをあらわにしていた。
ただ……
「蒼の庭が地上げの被害に遭っているんだ」
「え?」
この話は見過ごせないはずだ。
「ごろつき達にいやがらせをされて、客はまったくいない。俺達だけ。そのせいで女将さんは寝込んでしまって、フランが一人でがんばっているんだ」
「そ、そんな……」
「で……地上げを指示していたのは、領主だよ」
「そ、そのようなことは……!」
「地上げをしているごろつき達を捕まえたら、領主に指示された、って吐いたよ」
嘘だ。
そんな証拠はない。
でも、ハッタリは大事だ。
確かな証拠がなくても、堂々とした態度を見せれば必ず迷う。
「そんな……領主さまが……いえ、でも……」
すぐに俺の言葉を信じるということはなくて、フラメウは迷いを見せた。
でも、それで十分。
さっきまで領主のことを100パーセント信じていたのに、今は、それに揺らぎが生じている。
そうやって揺さぶりをかけ続けることで、不安と疑念を抱かせることができる。
俺の言葉を信じなくていい。
でも、領主に対する疑念を植えつけることができれば、それでよし。
……改めて考えてみると、俺、悪の組織みたいなことをやっているな。
マルチ商法とか得意っぽい。
「……そんな話を私にして、どうしたいのですか?」
やや落ち着きを取り戻した様子で、フラメウはこちらを見た。
賢い女性だ。
真実を問うわけじゃなくて、俺の真意を問いかけてくるなんて、なかなかその発想には至らないと思う。
「協力してくれませんか?」
「協力……?」
「俺は、この状況をなんとかしたい。仲間とフランのために、領主の暴走を放っておくことはできない」
「……」
「そのために力を貸してほしい」
フラメウは……沈黙を続けていた。




