41話 逃がさない
「……おいおい、冗談だろう……?」
離れたところで一部始終を見ていたジンは、のんびりと吸おうとしていた葉巻をぽろりと落とした。
アークデーモンが倒された。
しかも、絶対耐性を持つはずの魔法で。
ありえない光景だ。
俺は幻を見ているのだろうか?
ひょっとしたら、知らぬ間に幻覚魔法をかけられていたのかもしれない。
ジンは大真面目にそんなことを考えて、目を何度もこする。
しかし、目の前の現実は変わらない。
「いや、えっと……えぇ、ありえないだろ……?」
アークデーモンを、たかが中級魔法で傷つけた時は、気絶してしまいそうなほどに驚いた。
魔法に対する絶対耐性を持つと言われているアークデーモンを傷つけるということは、それくらいにありえないことなのだ。
なので、一撃目のフレアブラストを見た時は、誇張表現でもなく天地がひっくり返るような思いを味わった。
まったくの予想外であり、ジンは心底驚いた。
ただ、一方で安堵した。
ハルがとんでもない力を持っていることは理解していた。
それは予想以上であったものの……
あれだけの威力を持つ魔法だ。
連発なんてできるはずがない。
きっと、一撃で全ての力を使い果たしただろう。
ならば、アークデーモンの勝ちだ。
力を使い果たしたハルが、なにもできずにアークデーモンに蹂躙される様を特等席で見物しよう。
そんなことを思ったジンではあるが、またもや現実に裏切られる。
ありえないことに、まったく同じ威力の魔法をもう一度放った。
それだけに終わらない。
三撃目、四撃目と続いて……挙句の果てに、七発も使用した。
あれだけの極大魔法を連射できるなんて、どれだけの魔力を持っているのだろう?
完全に想像の範囲外であり、計算が狂いまくりだ。
おそらく、アークデーモンは三発目くらいで死んでいただろう。
それに気づかずに、ハルは四発も追加した。
完全なオーバーキルだ。
「あの兄ちゃん……ホントに人間か? 実は、魔王とかじゃねえのか……?」
恐ろしい。
この時、ジンは久しぶりに恐怖を思い出した。
ジンの本当の職業は、冒険者ではなくて傭兵だ。
しかも、金のためならば親も子供も殺すという、なんでもありの傭兵だ。
その手は大量の血で汚れているし、さらに血で濡らすことにためらいを欠片も覚えることはない。
それがジンという男だ。
今回の本当の依頼は、アンジュやロナを陥れることではなくて、オルドの野心を叶えるためでもなくて……
聖女を陥れて、大神官を不正に手を染めさせて……そのような事件を繰り返すことで、アーランドを内部からガタガタにすることだ。
それこそが真の目的であり、ジンの本当の雇い主が望むこと。
「まいったな……完全に失敗したな、こりゃ」
依頼の失敗なんて、いつ以来だろうか?
ロクでもない仕事ではあるが、それなりのプライドは持つ。
依頼を失敗に導いたのは、間違いなくハルだ。
ハルさえいなければ、こんな結果にはならなかった。
「やるな、兄ちゃん。次の機会があるなら、今度はこうはいかねえからな……その顔、覚えておくぜ」
「……悪いが、俺の方は覚えておくつもりはない」
声は背後からした。
――――――――――
アーランドをぐるりと囲む城壁の上に、ジンの姿があった。
おそらく、こちらの様子を遠くから観察していたのだろう。
「なっ!?」
「動くな」
驚き、振り返ろうとするジンの背中に手を当てる。
いつでも魔法を撃つことができるぞ。
そんな脅しを伝えるように、手の平に魔力を集中させる。
収束された魔力はほのかに光り、熱を帯びる。
その感触はしっかりと伝わったらしく、ジンはゆっくりと両手を上げて、降参のポーズをとる。
「兄ちゃん、どうして俺がここにいると?」
「あれだけのことを言っていたんだ。どこかで、俺の様子を見ているんじゃないかと思って……それで、一番わかりやすいここを探してみることにしたんだよ。正直、確証はないさ」
「なるほどねえ……運も悪かった、っていうことか」
ジンは両手を上げたまま、器用に肩を落としてみせる。
「力だけじゃなくて、兄ちゃんは運も持っていたっていうわけか。こりゃ、勝てねえわ」
「投降しろ」
「……はぁ、わかったよ」
と言いつつ、隙を見て逃げる……
なんてことをする素振りはない。
両手を上げたまま、その場に膝をついて、自分から動きを封じてしまう。
「やけに素直だな?」
「兄ちゃんみたいな本物のバケモンがいたのが俺の運の尽きだ。さすがに、こんな状況で兄ちゃんを相手にしようとは思わねえさ。抵抗したら、どうなるか……素直に捕まった方がマシだ」
ひどい言われようだった。
まあ、おとなしく投降してくれるというのなら、それは望む展開だけど。
「なあ、兄ちゃん。おとなしく投降する代わりに、ちと教えてくれねえか?」
「うん? なにを?」
「それだけの力、どこで、どうやって手に入れたんだ?」
「そんなことを聞いてどうするんだ?」
「なぁに、大した理由はねえさ。単なる好奇心だよ」
「……そんなことを言われても、よくわからない」
ずっとレティシアと一緒に冒険をしていて……
虐げられていた。
訓練と称して、色々と無茶なことをさせられた。
例えば、筋トレを一日ずっと続けろ……とか。
そんな環境が、逆に俺に力を与えたのかもしれない。
そういう推理を口にするのだけど、
「そいつはありえないだろ」
すぐに否定されてしまう。
「まぁ、ひどい環境で逆に成長するヤツはいるけどな。それを考慮したとしても、兄ちゃんの力は異常だよ。同じ人間とは思えねえほどだ」
「……なにが言いたいんだよ」
「大したことじゃねえんだけどな。まあ……道を踏み外しちまった、人生の先輩からのアドバイスだ。きちんと自分のことを知っておけ」
その言葉はやけに重みがあり、俺の胸に強く響いた。
「兄ちゃんは、どうも自分が規格外ってことを意識してねえみたいだからな。そこんところ、しっかりと自覚して……その上で、なぜそんな力を持つに至ったのか、調べておいた方がいいと思うぜ。取り扱いを知らない武器を持つことほど、危険なことはねえからな」
「あなたは……」
「まっ、これはただのおせっかいだ。信じる信じないは兄ちゃんに任せるぜ……おっと、迎えが来たみたいだな」
さきほどの冒険者たちがこちらに気づいて、向かってくるのが見えた。
彼らが到着するまでの間、俺は、ジンの言葉の意味をゆっくりと考えるのだった。
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