407話 アンジュの事情
いつも冷静で。
どんな時も落ち着いていて。
……そんなナインが、今にも泣いてしまいそうな声をこぼしていた。
「いったい、どうしたの? なにがあったの?」
「その……」
「大丈夫、俺は味方だから。なにがあったとしても、絶対にナインと……それに、アンジュを助けてみせるから」
「ハルさま……ありがとうございます」
我慢できないという様子で、ナインは涙をこぼす。
それを見て、胸が締め付けられるような思いになって……
同時に、強い怒りが湧いてきた。
事情はまったくわからないけど、こんなにもナインが苦しめられている。
誰かが苦しめている。
今すぐにそいつを殴り倒してやりたい気分だった。
「今、私は領主に……エグゼア・ケインリッヒに協力しています」
「領主に?」
ナインが協力するということは、領主は白なのかな?
でも、彼女の表情はとても険しい。
「私は……鎖なのです」
「鎖?」
「お嬢さまを縛る鎖……私のせいで、お嬢さまに苦労を……」
アンジュは、領主に脅されている……とか?
そのための材料として、ナインの安全が脅かされている?
……そんな推理を立ててみるけど、事態はもっと厄介だった。
「今、お嬢さまは……記憶喪失に陥っています」
「えっ!?」
アンジュが記憶喪失?
そんなことになっているなんて……
じゃあ、領主と婚約した、っていうのは……?
「あの事件の後……私達は、気がつけば海洋都市の近くに転移していました。幸いというべきか、私とお嬢さまは一緒だったのですが……そんな時、エグゼアと出会いました」
ナイン曰く……
当初、エグゼアは紳士的に二人に接したらしい。
見知らぬ場所に放り出されてしまったアンジュとナインを屋敷に招いて、保護してくれたという。
その後も、色々な支援を受けたのだけど……
それは全て打算があったからだ。
アンジュは聖女候補で……
そして、城塞都市アーランドの領主の一人娘。
彼女を手に入れることができれば、莫大な富と権力を収めることができる。
そんな野望を抱いたエグゼアは、アンジュに迫ったという。
アンジュは拒むものの……
ナインの安全を盾にされて、仕方なく応じたという。
ナインもまた、アンジュを盾にされてしまい、言うことを聞かざるをえない状況に追い込まれてしまった。
「……私はお嬢さまを縛ることになってしまい、私も自由に動くことができず」
「エグゼアのいいようにされて、誘拐とかをすることに……?」
「はい」
「……」
ひどい話だった。
アンジュとナインの互いを思いやる気持ちを利用して……
婚約を迫り、一方で良いように利用して……
「あー……なんていうか、もう」
「ハルさま……?」
今すぐ、全力の魔法で領主の屋敷を吹き飛ばしてやりたい気分だ。
ここまで腹が立ったのは初めてかもしれない。
「うん。とにかく、状況は理解したよ」
これ以上、ナインを苦しめるわけにはいかない。
アンジュも絶対に助けないと。
「ちょっとまってね」
「え? あ……はい」
考える。
ナインとアンジュを助ける。
そのための良い方法は?
屋敷を吹き飛ばす。
領主を殴り倒す。
そんな強引な方法でもいいんだけど……
さすがに後始末が大変そうだ。
下手をしたら逆賊認定されてしまうかもしれない。
まあ、二人を助けるためなら、それでもいいんだけど……
最初から過激な選択をするのではなくて、あくまでも最終手段にしたい。
ナインの証言で、領主が悪人ということは確定した。
なら、悪事の証拠を見つければいい。
そして、それをうまいこと、この街の冒険者や憲兵に見せる。
それなら、多少、あらっぽいことをしても問題ないだろう。
そのためにやるべきこと……
「……うん、決まり」
「えっと……」
「作戦を思いついたよ」
「えっ、この短時間で……ですか?」
「うん」
「最初から考えていたのではなくて?」
「そうだけど」
「……」
ナインが、なぜか唖然とした顔に。
「どうしたの?」
「いえ、なんといいますか……」
ナインは苦笑する。
「ハルさまは、とんでもない魔力を持っているだけではなくて、頭の回転もすさまじく速いのですね」
「そうかな?」
「そうです。普通、このような短時間で、即座に策を思いついたりはしません。さすが、ハルさまといいますが……ですが、だからこそ頼りになります。どうか……お嬢さまのことをお願いいたします」




