4話 話しかけないでくれますか?
冒険者ギルドの扉を開けると、仁王立ちしたレティシアがいた。
俺を認識すると、刺すような鋭い目で睨みつけてくる。
俺を追いかけて、ここで情報を集めたのだろう。
そして、俺が帰ってくるのを怒り心頭で待ち構えていた……そんなところか。
俺はレティシアと視線を交わして……
「すまない。素材の買い取りを頼みたいんだが……」
特になにも声をかけることなく、その隣をすり抜けて、受付嬢に話しかけた。
「へ?」
自分が話しかけられるとは思っていなかったらしく、受付嬢がキョトンとした。
そんな受付嬢の前に、ハウンドウルフの毛皮や牙を並べる。
「買い取りを頼みたいんだ。確か、ギルドでも受け付けているよな?」
「は、はい。それは問題ありませんが……」
受付嬢が俺の後ろに目をやる。
レティシアが気になって気になって仕方ないのだろう。
「はぁあああああるぅううううう……!!!」
地獄の底から響くような声がした。
「はあ……」
面倒だ。
とてもめんどくさい。
しかし、このまま無視するというわけにはいかないみたいだ。
振り返り、声をかける。
「なんだ?」
「あ……う……」
自分でも、ものすごく冷たい声が出たと思う。
それと、今の俺は、とんでもない仏頂面をしていると思う。
そんな反応、レティシアにしたことがない。
それ故に、わずかに戸惑っているらしく、レティシアは言葉を紡げないでいた。
ただ、すぐに勢いを取り戻す。
「っ……!!! この私を無視するなんて、ハルのくせにいい度胸してるわね? 私のパーティーを抜けるとか、わけのわからないことを言うし……ハル! あんた、ちょっと調子に乗りすぎよ!」
「ただ単に、レティシアのパーティーを抜けただけだ。金や装備を持ち逃げしたわけじゃないし、その他、問題を起こしたわけでもない。文句を言われる筋合いはないと思うが?」
「大アリよ! ハルは私のものなのよっ! ご主人さまに黙って勝手なことをしていいわけないでしょ! それくらいのこともわからないの? だから、あんたはグズでバカで、役に立たないのよ!!!」
俺が自分の手の中から離れたことが、よほど許せないのだろう。
目を血走らせるような勢いで、レティシアは激怒していた。
ここがどういう場所なのか、理解できないほどに理性が飛んでいた。
「いいのか?」
「なに!? ハルごときゴミが、私に意見するつもり? なにを言うつもり? 私のパーティーを抜けるとか、ふざけたことを言い続けるつもり? 冗談じゃないわ! そんなこと、許すわけないでしょ! ハルは、私の……」
「こんなにたくさんの人がいるところで、勇者様がそんなに汚い言葉を連発して、大丈夫なのか?」
「っ……!?」
レティシアはハッとなり、慌てて周囲を見た。
しかし、すでに時遅し。
とんでもないことを口走る勇者様に、ギルドに集まる冒険者……それと職員たちは、唖然としていた。
「くっ……!」
レティシアは悔しそうに、ギリギリと奥歯を噛んだ。
そんな顔を見ると、スカッとするが……
ただ、虚しくもある。
俺たちは、もう、以前のように笑い合うことはできないんだろうな。
そんな事実を思い知らされることになり、心が重くなる。
「……今夜、南門を出た先にある広場に来なさい。そこで、話の続きをするわよ」
俺にだけ聞こえる声でそう言い残して、レティシアは足音も荒く、冒険者ギルドを後にした。
唖然としていた冒険者や職員たちは、ほどなくして我に返り……
今のはなんだったんだろう? とヒソヒソと話を始める。
「……今の、勇者よね?」
同じく我に返ったアリスが、そっと話しかけてきた。
「勇者って、あんな性格だったの?」
「あー……まあ、その話はまた今度」
一言で説明できることじゃないし……
なによりも、こんな人が多いところでする話じゃない。
「とりあえず、冒険者カードを更新するか」
「……まあ、ハルがそう言うのなら、そうしましょうか」
深く追及しないでくれて、助かる。
心の中でありがとうと、感謝しておいた。
――――――――――
その後、俺の冒険者カードを更新したのだけど……
とんでもないことが判明した。
「……」
「……」
「……」
俺とアリス、それと受付嬢。
更新された冒険者カードを見て、三人揃って唖然としてしまう。
俺の正式なレベルは……82。
そして、正式な職業は……賢者。
攻撃と回復と、さらに補助まで同時にこなせる、魔法のエキスパートだ。
今までレティシアに毎日のように散々に言われてきたため、俺は、レベル7の落ちこぼれ魔法使いと思っていたのだけど……
真実は違う、ということか。
「レベル82、って……ど、どういうことですか? トレイターさんに、こんな力があるなんて……というか、勇者様が確かレベル55だから、勇者様よりも上……?」
「賢者って、極一部の人しかなれないレア職業じゃない……でも……ああ、うん。納得ね。それなら回復魔法も使えるし、とんでもないファイアを唱えることもできるわね」
受付嬢とアリスが驚いていたが、一番驚いているのは、たぶん、俺だと思う。
同時に、困惑もしていた。
俺はものを知らないが……
レティシアは違う。
俺のレベルが本当は高かったことや、職業が賢者であることは知っていたはずだ。
それなのに、なぜ、あんな言動を……?
「……自分よりレベルの高い俺を、疎ましく思っていた? だから、あんな言動を繰り返していた?」
だとしたら、最初から信頼関係なんてなかったことになる。
最初はうまくやっていたというのは、俺の勝手な思い込み。
一緒に冒険に出た頃から……
いや、それよりも前。
幼馴染として村で一緒に遊んでいた頃から、レティシアは、俺のことを嫌い、疎ましく思って……
「ハル」
気がつけば、アリスの顔が目の前にあった。
「大丈夫? 顔色、悪いわよ」
「それは……」
「ひとまず、宿に行きましょう。いいわね?」
「……ああ」
今はどうすることもできず……
言われるがまま、アリスと一緒に宿へ移動した。
部屋をとり、二人きりになる。
「……」
「……」
沈黙が辛い。
一時とはいえ、パーティーを組んでいた仲だ。
アリスには説明しないといけないか。
「実は、俺……」
「なにも言わないでいいわ」
「あ……」
アリスに抱きしめられた。
胸が当たるのだけど、いやらしい気持ちになることはなくて……
むしろ、落ち着いて、安らぐことができた。
「今はなにも言わなくていいから」
「……それで、アリスはいいのか?」
「本音を言うと、すごく気になるわ。ハルの規格外の力のことも勇者のことも……あれこれと質問したい」
「なら……」
「でも、今はやめておく」
「どうして?」
「泣きそうな人に、無茶なことはできないでしょ」
「俺、泣きそうなのか?」
「ものすごく、そう見えるわ」
「そっか……そうなのか……」
もう完全に諦めていて。
自分からパーティーを追放されたのだけど。
でも。
それでも、レティシアは幼馴染なのだ。
ずっと一緒に過ごしてきたのだ。
それを失うということは辛く、苦しく……結局、心を蝕んでいく。
「泣いちゃえば?」
アリスがそんなことを言う。
「よくわからないけど……辛い時は、泣いていいの。男だからとか、そんなことは関係なくて……心の赴くままにしていいの。だから……泣いちゃいなさい」
そして……俺は少しの間、泣いた。
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