398話 欲張りだから
「どっちも、って……はぁ」
レティシアがため息をこぼす。
それから、こちらを睨みつけてきた。
「あれもこれも欲しいなんて、そんな話が通ると思っているわけ? どっちかに夢中になっている間、もう片方を取り逃がすとか、よく聞く話よ?」
「うん、よく聞くね」
「なら、つまらない事件に首を突っ込むのはやめなさい」
「やだ」
即答すると、レティシアはこめかみの辺りをひくつかせた。
「俺、欲張りなんだ。片方を見捨てて片方を助けるとか、そういうことはしたくないよ」
「あのね……」
「それに……俺は一人じゃないから」
アリスを見る。
サナを見る。
そして、レティシアを見る。
「俺一人だったら、両方を選ぶなんて無理だったと思うけど……でも、一人じゃない。アリスがいる。サナがいる。レティシアもいる。みんながいるから、仲間がいるから……だから、大丈夫だ、って思えるんだ」
「……あんた、本当にハル? 私とパーティーを組んでいた時と、ぜんぜん違うんだけど」
「色々あったからね。それに……」
なんだかんだ、こんな性格になったのは、幼少期の影響が大きい。
なんでも手にして。
全てを救ってみせると、ドヤ顔で言い放っていた、子供の頃のレティシア。
そんな君の影響なんだよ。
「……好きにすれば」
納得したのか、それとも諦めたのか。
レティシアは引き下がり、再びイスに座った。
「えっと……」
俺達の口論を見て、フランは不安そうな顔になっていた。
そんな彼女を落ち着かせるように、俺は笑ってみせる。
「大丈夫。今のは、ちょっとしたスキンシップだから」
「す、スキンシップ……ですか?」
「うん、スキンシップ」
「でも、そちらのお姉さんは怒っていたような……?」
「彼女はツンデレだから、そう見えるだけだよ」
「誰がツンデレよ!」
そういえば、最近は、魔人になったせいでヤンデレでもあるかもしれない。
そんな呑気なことを考えられるくらい、今の俺は落ち着いていた。
レティシアと別れた時とは違って……
色々なことを経験して、成長してきたからかな?
「とりあえず……もう少し、詳しい話を聞かせてもらってもいいかしら?」
様子を見守っていたアリスが、そう口を開いた。
「大体の状況はわかったけど、まだまだ情報不足。事態を解決するには、もう少し詳しい情報が知りたいわ。たとえば、嫌がらせをする相手の情報とか。誰の仕業……っていうか、誰が命令しているとか、心当たりはない?」
「そ、それは……」
フランは露骨に顔色を変えて、口を閉じてしまう。
心当たりはある。
でも、それを口にするのが怖い。
っていう感じかな?
「大丈夫、俺達がいるから」
「そうそう、魔王師匠がいれば、どんな敵も大爆発っすよ」
「サナ。それ、フラグみたいだからやめてちょうだい。本当に街中で大爆発が起きたら、たまらないわ」
それ以前に、魔王師匠とかやめてくれない?
「……わかりました。みなさんを信じます」
少し間があって、フランは小さく頷いた。
このまま敵の言いなりになっていても、先はない。
店を明け渡すしかなくなる。
それなら、賭けに出て、俺達に託すしかない。
……そう考えたのだろう。
まだ小さいのに、そこまで考えられるのはすごいと思う。
将来、立派に宿を経営できそうだ。
そんな未来を守るために、俺達もがんばらないと。
「その……確かな証拠はなくて、私の勘になるんですけど……」
「うん、それでもいいよ。怪しいと思う人を教えてくれる?」
「……領主さまです」
思わず、アリスと顔を見合わせてしまう。
まさか、こんなところで領主が出てくるなんて。
「以前、ウチに領主さまがやってきたんです。視察の一貫だったみたいで、ウチに泊まったんですけど……」
「けど?」
「夜……お母さんと領主さまが揉めているところを見たんです。絶対に明け渡さない、とかなんとか……」
ものすごく不穏なやり取りだ。
「そこ、もう少し詳細はわからないの?」
「ごめんなさい……その時、私怖くなって、自分の部屋に……」
「そっか……うん、そういうことなら仕方ないわ」
「すみません」
「ううん、気にしないで。今の話を覚えていただけでも、十分だから」
アリスが優しく笑い、フランは落ち着きを取り戻したらしい。
さっきまで小さく震えていたけど、今はそれはもうない。
「今の話をまとめると、なんか、そこはかとなく領主が怪しい……ってことっすか?」
「そうなるね」
アンジュとの婚約。
蒼の庭を明け渡すような要求。
どうにもこうにも、きな臭い感じになってきたな。




