396話 やってしまいなさい
「い、いらっしゃいませ……」
フランは、どこか怯えた様子で男達を迎える。
そんな彼女を見て、男達はさらに唇の端を吊り上げた。
「おいおい、笑顔がねえな。接客の基本は笑顔だろ?」
「それともなにか、俺達に笑顔はもったない、ってか? おうおう」
「そ、そんなことは……!」
「なら、ちゃんと笑ってくれよ」
「そうそう、楽しそうになぁ!」
「あううう……」
フランは泣きそうになっていた。
当たり前だ。
まだ手を上げられたわけじゃないけど……
大人があんな風に恫喝すれば、子供にとって恐怖でしかない。
「アリス、レティシア。俺、フランを……あれ?」
助ける、と言おうとしたところで、すでに二人の姿が消えていることに気がついた。
「えっと……」
「師匠、師匠。アリスとレティシアなら、あっちっす」
「あっち?」
サナが指差す方を見ると、ずんずんと男達の方へ向かうアリスとレティシアが。
どうやら、先を越されてしまったみたいだ。
「あー……」
「どうするっすか?」
「……サナ」
「はい!」
「二人に加勢して、やっちゃって」
「はいっす!」
その言葉を待っていたらしく、サナはるんるん顔で二人を追いかけた。
「おいおい、なんとか言えよ、あぁ!?」
「けけけ、こいつ泣いてやがるぜ」
「おうおう、俺らの……ん? なんだてめえら?」
「俺らを誰だと思って……ぐはぁ!?」
乱闘が始まってしまうけど……
まあ、いいか。
妙な悟りを開いた俺は、のんびりとメニューを眺め続けるのだった。
――――――――――
「「お、覚えていろよ!?」」
一分ほどで戦意を消失した二人は、ふらふらになりつつ逃げていった。
あの三人を相手に、一分も保ったのはすごいと思う。
「師匠、やったっすよー!」
「えらいえらい」
「ふへへへ」
頭をなでなですると、サナは尻尾をぶんぶんと振る。
犬かな?
「……ごめんなさい、ハル。あたしは我慢しないといけない立場なのに」
「いいよ。アリスが我慢しても、俺が我慢していなかったと思うし」
「そうそう、気にすることないんじゃない? あんなゴミ、さっさと掃除しないとダメよ」
言い方はアレだけど、レティシアがアリスを励ましているのがちょっと新鮮だった。
なんだかんだ、二人は仲が良いのかな?
「あ、あのっ……!」
とてとてとフランが駆けてきた。
「あ、ありがとうございました!」
「どう……」
「ふふん、お礼ならおいしいごはんでいいわ! もちろん、タダよ!」
どういたしまして、と言おうとしたところで、レティシアがとても図々しいことを言う。
ああもう、この子は……
魔人とか関係なく、単純に性格が悪い気がしてきた。
「は、はい、喜んで! ただ……」
「どうしたの、暗い顔をして」
「あの、その……助けてもらった方にこんなことを言いたくないんですけど……早く街を出ていったほうがいいと思います」
フランはとても深刻そうな顔をして、そんなことを言う。
子供の戯言、と考えたらいけない。
きっと、彼女なりに俺達のことを心配してくれている。
なら、その話にしっかりと耳を傾けないと。
「どういうことなのか、詳しく教えてくれないかな?」
「え? で、でも……」
「まずは、話を聞かないとなにもわからないから。それに……」
「それに……?」
「せっかくだから、蒼の庭の料理を食べてみたいな」
「……あ……」
フランは、ぽかんとして……
それから、にっこりと笑う。
「は、はい! 腕によりをかけて作ってきます!」
あれ? フランが作るの?
「少し待っていてください!」
フランは奥に駆けていった。
元気になってくれたのはうれしいんだけど……
注文、なにもしていないんだけど?
「師匠」
「うん?」
「師匠って、幼女に好かれやすいっすね。ロリキラーっすか?」
「それ、絶対にやめて」
とんでもなく不名誉なあだ名をつけられそうになって、本気で拒絶するのだった。




