394話 蒼の庭
「おー」
フランについていくと、綺麗な宿に案内された。
大きな庭が併設されていて、たくさんの緑があふれている。
池もセットになっていて、魚が悠々と泳いでいた。
宿は大きく、三階建てだ。
壁に装飾が施されていて、パッと見、貴族の屋敷のようになっていた。
「こ、ここが蒼の庭です!」
フランは緊張した様子ながらも、どことなく自慢そうに言った。
家のことを誇らしく思っているのだろう。
うん。
これだけの宿なら、そう思うのは当然だ。
同じ立場だったら、俺も誇らしげにしていたと思う。
「うわー、綺麗な宿っす!」
「庭があるところがいいわね」
「ふふん、この私にふさわしい宿ね!」
みんな、蒼の庭に泊まるのが確定になっているみたいだけど……
「えっと……フラン?」
「はい!」
「俺達、部屋が空いているところを探してて……」
「だ、大丈夫です! ウチは、全部屋、空いています! か、貸し切り状態です!」
「あれ?」
これだけ素敵な宿なのだから、とっくに全部屋埋まっているものと思っていたけど……
実は隠れた穴場、とか?
「あと、恥ずかしい話なんだけど、そんなに手持ちがなくて……」
「ど、どれくらいでしょうか?」
「これくらい」
財布の中を見せた。
それを確認して……
フランはにっこり笑う。
「これなら大丈夫です! 一週間くらいは泊まれます!」
「えぇ!?」
とんでもない破格の値段だ。
これで一週間泊まれるなんて、並の宿よりも安いじゃないか。
蒼の庭は、間違いなく一級の宿で……
手持ちだと、一週間どころか一泊も怪しいはずだ。
それなのに……
「「……」」
アリスとレティシアも、なにかおかしいと気づいたらしく、微妙な顔に。
サナは、「お得っすねー!」と、なにも疑っていない。
うん。
君は、そのままの君でいてね。
「ど、どうでしょうか!?」
「えっと……」
怪しい。
この条件は、限りなく怪しい。
詐欺やなにかしらの事件の可能性を疑ってしまうのだけど……
でも、フランはそんなことをするような子には見えない。
ちょっと緊張しているのは、まだ慣れていないからで……
とても一生懸命にアピールして、がんばろう、っていう意思が伝わってくる。
「じゃあ、まずはごはんを食べようかな。泊まるかどうかは、その間に考えておくよ」
「あ……ありがとうございます!」
ごはんだけでもうれしいらしく、フランに笑顔の花が咲いた。
心底喜んでいる様子で、こちらを騙そうなんて意図は欠片も感じられない。
やっぱり、悪いことを考えているようには見えないんだよな。
「……ちょっと、ハル」
そっと、アリスに声をかけられた。
「いいの? どう考えても怪しいわよ」
「でも、フランは悪いことをする子じゃないと思うんだ」
「そうだけど、でも、裏にいる人はわからないでしょう? フランはいいように使われていて、他の人があくどいことを考えているかもしれないじゃない」
「うっ」
しまった、その可能性があったか。
「フランにしても、実は演技の達人って可能性もあるのよ?」
「そうかも、だけど……まあ、その時はその時かな、って」
もしも騙されていたのなら、それはそれで。
小さな女の子を疑うよりは、騙された方がマシかな。
そう言うと、アリスは苦笑した。
「もう、本当にお人好しなんだから」
「ごめんね」
「でも、そんなハルが、私は……」
「え?」
「う、ううん、なんでもないわ!」
今、なにを言おうとしたんだろう?
「えっと……」
内緒話をする俺とアリスを見て、フランが不安そうな顔に。
やっぱりやめた、という展開を気にしているんだろう。
「中を案内してもらってもいい?」
「あ、はい! どうぞ!」
フランの案内で中に入る。
入ったところに受付のカウンター。
その奥に食堂が広がっていて、二階に続く階段も見えた。
構造は一般的な宿と変わらないらしい。
広く開放的で、なんだか、ここにいるだけで穏やかな気持ちになる。
観葉植物がたくさん並んでいて、それでヒーリング効果が出ているのかも。
「良いところだね」
「えへへ」
ついついこぼれた言葉に、フランがうれしそうに笑う。
この子、本当に蒼の庭が好きなんだろうな。
そんなことを窺える態度だった。
俺達は席について、フランは奥に消える。
「どんなメニューがあるのかな?」
「自分、腹ペコっす……思い切り食べてもいいっすか?」
「ほどほどにしないとダメよ」
「了解っす」
「……」
みんな、のんびりと話をする中、一人、レティシアは険しい顔をしていた。
「どうしたの、レティシア?」
「どうしたの、って……あんた、まさか気づいていないわけ?」
「え?」
「……たぶん、この宿に魔水晶があるわ」




