393話 海洋都市
風に乗って潮の香りが届いた。
海辺に面した街は傾斜がついている。
海に近くなればなるほど傾斜が低くなり、離れれば逆に高くなる。
陽の光が海面に反射して、街全体が照らされて輝いているかのようだ。
でも、不思議と暑くない。
むしろ涼しいくらいだ。
海から流れ込む冷えた空気が街を多い、冷やしてくれているみたいだ。
「おー! 綺麗な街っすね」
「ホント……なんだか、街が一つの芸術みたい」
「ここは、観光で栄えている都市だから、街の景観を損ねないように、ある程度統一されているのよ。そのおかげね」
レティシアがそう説明してくれた。
「レティシア、詳しいね」
「ふふん、これくらい常識よ!」
レティシアはドヤ顔になって、胸を張る。
そんな姿を見ていると、昔を思い出して……
「……ふふ」
「えっ、ちょっと!? なんで笑うのよ!」
「ううん、なんでもないよ」
なんだか懐かしくなって、ついつい笑みがこぼれてしまった。
レティシアは変わった。
悪魔の影響だけじゃなくて……
子供から大人になったことで、色々なところが変わった。
でも、変わっていないところもある。
あの頃のまま、らしさが残っているところもある。
それを知ることができて、少しうれしかった。
「それにしても、人間が多いっすねー」
「ここは観光で栄えている街なのよ。だから、他所からもたくさんの人が流れ込んでいるの」
「なるほど、レティシアは物知りっす」
「まあね!」
とてもうれしそうな顔に。
物知りの一言で喜んでしまうなんて……うーん。
ものすごい単純。
こういうところもレティシアらしい。
良くも悪くも彼女はまっすぐで、カラッとした性格なのだ。
「とりあえず……」
アリスはにっこりと言う。
「領主の屋敷を砲撃しましょうか」
「なんで!?」
「サナ、ブレスの準備を」
「ラジャーっす!」
「サナも乗らないで!?」
アリスが凄絶な笑みを浮かべている。
なんで、いきなりキレているの……?
「ここの領主は、アンジュと結婚するとか、訳のわからないことをしようとしているのよ? 悪人に決まっているわ。そう、極悪人よ。なら、叩き潰さないと!」
「いやいやいや、落ち着いて?」
アリスが暴走するなんて珍しい。
でも……
アンジュとは仲が良くて、親友と言ってもいい間柄だ。
その親友が無理矢理結婚させられるかも……となると、落ち着いてはいられないのだろう。
気持ちはわかるけど……
でも、まだ詳しい事情を知らない。
アンジュが結婚をするのには、なにかしら深い理由があるかもしれない。
それを調べないで、いきなり屋敷を砲撃するなんて……
「アリス、落ち着いて。まずは、結婚の背景を調べないと」
「それは、そうかもしれないけど……」
「いきなり砲撃とか、ありえないからね? 最近、アリスの思考、物騒になっているよ。サナと似てきているよ」
「っ!?!?!?」
アリスはものすごくショックを受けたような顔に。
そして、その場で膝をついてしまう。
「さ、サナと同じなんて……そんな……」
「きっと、思わぬ事件の連続で疲れているんだよ。でないと、サナみたいなことをするわけがないし」
「そ、そうかしら……?」
「大丈夫。アリスはサナと違って落ち着いているから。少し休めばよくなるよ」
「自分、泣いていいっすか……?」
サナがいじけてしまう。
「ご、ごめんね? 冗談だから……」
「嘘っす、あれは本気だったっす……」
「……」
「否定してくださいよ!?」
ごめん。
サナが突撃暴走娘なのは、否定できないから……
「とにかく、砲撃はなし。まずは、拠点となる宿を確保しないと」
「そ、そうね」
「でも、部屋は空いているかしら? ここ、観光地だから、どこも混んでいると思うわよ」
レティシアの言う通りだ。
だからこそ、まずは宿の確保をしたいんだけど……
「あ、あのっ!」
ふと、声をかけられた。
振り返ると、十歳くらいの小さな女の子が。
「宿をお探しですか!?」
「うん、そうだけど……君は?」
「し、失礼しました! 私は、フランっていいます。『蒼の庭』っていう宿で働いていて……よ、よかったらウチに来ませんか!?」




