392話 無理矢理
「どういう……」
「どういうこと!?」
俺が問いかけるよりも先に、アリスがものすごい勢いでサナを問い詰めた。
彼女の肩を掴んで、ガクガクと揺さぶる。
「あわわわ、ゆ、揺れるぅ……」
「どういうこと!? ねえ、どういうこと!?」
「じ、自分はそんな噂を聞いただけで……」
「アンジュが結婚なんてありえないわ! ものすごくありえないんだけど!!!」
「ひゃあああ……」
サナの目がぐるぐると回り、次第に青くなってきた。
このままだと、死んでしまうのでは……?
エンシェントドラゴン、揺さぶられすぎて死ぬ。
……そんな珍事が起きたら、次代まで語られそうな気がした。
「アリス、落ち着いて。サナが死んじゃうよ」
「あっ……ご、ごめんなさい」
我に返り、アリスはサナを放した。
すっかりやられてしまった様子で、サナは、ふらふらとよろめいている。
もしかして、アリスはサナよりも強い……?
「ごめんなさい。アンジュが結婚なんて、絶対にありえないから……ついつい動揺して」
「い、いいっすよぉ……? 自分、大丈夫っすぅ……?」
あんまり大丈夫じゃなさそうだけど……?
「でも、どうしてありえない、って断言できるの? もしかしたら、転移した先で保護されて優しくされて、それで……っていう可能性もあると思うんだけど」
「そ、それは……と、とにかくありえないの!」
「う、うん?」
勢いで押し切られてしまう。
でも、アリスがそこまで言うからには、ありえないことなんだろう。
だって、彼女はアンジュの友達だから。
「そうなると、なんで結婚を……?」
「サナ、その噂を詳しく教えてちょうだい」
「えっと、自分もそんな知らないっすけど……」
海洋都市の領主が、近々結婚すると発表したらしい。
その相手がアンジュ。
街をあげて盛大にお祝いをするらしく……
それ故に、盗賊の用心棒なんてものをやっていたサナの耳にも、話が入ることになったとか。
「……ってな感じっす」
「肝心なところは、さっぱりわからないね」
「役に立てず、すまないっす……」
「大丈夫よ。逆に、サナが色々な情報に詳しかったら、偽物だと疑っていたところよ」
「どういう意味っすか!?」
がーん、とサナがショックを受けた顔に。
ごめん。
ちょっとだけ、アリスに同意しちゃったかも。
「……アンジュって、聖女候補の子よね?」
レティシアがそう尋ねてきた。
「うん、そうだよ……って、もしかして覚えてなかった?」
「覚えてるわよ! だから、その、サナ以下の記憶力!? っていう驚きの表情をやめなさい!」
「どういうことっすか!?」
「あ、うん。ごめん」
決して悪気があったわけじゃなくて、魔人だから、心配をしていただけだ。
レティシアは悪魔を取り込んでいて……
しかも、後で聞いた話だと、複数取り込んでいるらしい。
そのせいで、思い切り情緒不安定になっていた。
魔王の俺が近くにいるから、今は安定していて、元に戻ったと本人は思っているみたいだけど……
そういうわけでもない。
落ち着いているだけで、またおかしくなる可能性はある。
だから、心配をしていた……というわけだ。
言い訳がましいかな?
「あの子が結婚なんてするわけがない、っていうアリスの意見には賛成よ。ただ、ちょっとした条件が付け足されたら、あるいは……っていうのが私の考え」
「条件?」
「例えば、そうね……領主と結婚しなかったら、ナインに危害が加えられる、とか」
「「っ!?」」
俺とアリスは驚きに息を飲む。
それはつまり……無理矢理?
「ありえない話じゃないでしょ? というか、わりとよくある話じゃない?」
「そう……だね」
「そんな、まさか……でも、そうでもないとアンジュが……」
アンジュが無理矢理、結婚を迫られているかもしれない。
そう思うと、胸がざわざわした。
自分のことのように落ち着かない。
「ハル!」
「……うん。もちろん、放っておくつもりはないよ」
真偽はわからないけど……
懸念する通りの事態になっていたら大変だ。
絶対に助けないといけない。
幸い、元々海洋都市に向かう予定だった。
特にロスになることはないから、なにも問題はない。
「急いで海洋都市に行こう!」
「そうね」
「で、領主を倒してアンジュを助けないと!」
「えっと……まだ、領主が悪人って決まったわけじゃないからね……?」
最近、アリスの思考が物騒な方向に傾いているような気がした。




