390話 海洋都市へ
カラカラカラと車輪の回る音が響く。
それに合わせて、微細な振動が伝わってきた。
「はー……歩かなくていいのは、マジ、助かるわ」
「そうね。鉄血都市は大陸の端にあるから、歩きだと、かなりの距離になるだろうし」
「改めて、クロエに感謝だね」
報酬として、クロエから馬車をもらった。
普通の馬車じゃない。
馬は二頭で、居住スペースもついているという優れものだ。
食料も水もたくさんもらった。
本当に感謝しかない。
「それにしても、ハルって馬車の運転ができたのね。乗馬とは違って、けっこう難しいって聞いているんだけど」
「あー、それは……」
ちらりとレティシアを見る。
馬車の運転技術は、「ハル! あんた私の足になりなさい」って言われて習得したものだ。
「……なるほど」
「なによ?」
俺の反応を見て全部察したらしく、アリスはレティシアにジト目を送る。
でも、当の本人は覚えていないのか、キョトンとしたままだ。
やれやれ。
――――――――――
旅は順調に進んでいた。
鉄血都市の領を抜けて、今は、海洋都市の領内を歩いている。
海洋都市というのは、その名前の通り海に面した街のことだ。
観光をメインの産業としているところで、とても賑わっているらしい。
そんなところなら、みんなの情報を得られるかもしれない。
そう考えて、都市へ向かっているところだ。
ただ、まだ領内に入ったばかりなので、到着は先。
たぶん、あと三日くらいかかるだろう。
「すぅ……すぅ……」
「くかー……くかー……」
ちらっと後ろを見ると、二人が寝ているのが見えた。
互いにもたれかかるようにして、穏やかな寝息を立てている。
意外と仲が良いのかな?
「できれば、このまま寝かせてあげたいんだけど……そういうわけにもいかないか」
馬車を止めた。
それから御者台と荷台が繋がる扉を開けて、二人に声をかける。
「アリス、レティシア。起きて」
「ん……ご、ごめん。寝ちゃっていたみたい」
「あふぅ……なによ、気持ちよく寝てたのに」
「敵だよ」
「「っ!?」」
俺の一言で、二人の表情が一気に変わる。
眠そうなものから鋭いものへ。
「敵って、もしかして天使……?」
「ううん、そういうのじゃなくて、たぶん、盗賊とかだと思う」
視線を馬車の前に戻して、声を張る。
「隠れてないで出てきたら!? もうバレているよ!」
「……へへ」
小さな笑い声。
それを合図にしたかのように、物陰からぞろぞろと男達が現れた。
いずれも冒険者のような格好だ。
ただ、悪意たっぷりの表情を浮かべていて、すでに武器を抜いている。
うん。
やっぱり盗賊だね。
「俺達のことに気づくなんて、勘の良いヤツだな」
「殺気がすごい漏れていたからね」
アリスとレティシアも、寝ていなかった気づいていたと思う。
「ハル、こいつらは盗賊?」
「なによ……私の眠りを邪魔するなんて、いい度胸ね」
二人は馬車から降りて、それぞれ剣を構えた。
それに習い、俺も御者台から降りて、馬が興奮して暴れないようにあらかじめ鎮静剤を使っておく。
「お、良い女が二人もいるじゃねえか」
「運がいいな。こいつらを売り払えば、一財産になるぜ」
「その前に楽しもうぜ、たっぷりとな」
ぎゃははは、という下品な笑い声が響いた。
うーん。
なんていうか、典型的な盗賊だなあ。
敵の数は三十人くらい。
圧倒的に不利だけど、でも、まったく怖くない。
今まで、色々な化け物を相手にしてきたから……
そういう感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
「よっしゃ! お前ら、やるぞ! 女はなるべく傷つけるな、男は殺せ! 恐怖と絶望を叩き込んで……」
「ファイア」
「「「ぎゃあああああっ!!!?」」」
ほどほどに手加減した一撃を叩き込むと、盗賊の半分が空を舞う。
まるで人形みたいだ。
「「「!?!?!?」」」
残りの盗賊は、なにが起きたのか理解できない様子で、目を白黒させていた。
「よーし、ハル! 残りもやっちゃいなさい、皆殺しよ!」
「物騒ね。半殺しくらいにしておきなさい」
「……四分の三殺しは?」
「うーん……数人くらいならアリ!」
「っていうわけよ、ハル!」
どういうわけさ。
「とりあえず……」
盗賊達の方を見ると、ビクリと震えた。
「降参してくれる?」
「く……くそっ、こんなところで……」
「あ、諦めるな! 俺達には頭がいる!」
「そうだ! こんな時こそ出番じゃないか。頭、助けてくれ、頭!!!」
そんな盗賊達の呼びかけに応じて現れたのは……
「ふっはっはっは! 自分、参上っす!」
……サナだった。




