387話 もう慣れた
「っていうか、ハル……その氷の剣は?」
アリスがぽかんとした様子で、俺が持つ氷の剣を指差す。
「これ? 作ってみた」
「……」
「なに、その『またか』みたいな顔は……?」
「……ううん、なんでもないわ。そうね、ハルだもの。いい加減、慣れないといけないわね」
なんか釈然としない態度だ。
「でも、どうして氷の剣を?」
「もちろん……」
振り返り、ゲオルグに氷の剣を向ける。
「あいつを倒すためだよ」
「……つまらない冗談だな」
致命傷を与えたはずなのに、ゲオルグは平然としていた。
今までと変わらない。
どれだけのダメージを与えても。
どれだけの傷を負わせても。
なにもなかったかのように、瞬時に再生してしまう。
不死。
その二文字が頭をよぎる。
「どこで、どうやってその力を手に入れたのか、ものすごく興味があるんだけど……」
「素直にしゃべるとでも?」
「だよね。だから、ちょっと惜しいけど話を聞くのは諦めたよ。勝つことだけを考える」
「できると?」
「できる……というか、もうできた」
「なに?」
ゲオルグは怪訝そうに眉をひそめて……
そして、慌てて自分の体を見る。
「これは……!?」
さきほどの攻撃を起点にして、ゲオルグの体が凍り始めていた。
パキパキとガラスが割れるような音を響かせつつ、その体を氷が侵食していく。
「バカな!? このような……!」
半分凍りついた体を無理矢理動かして、氷を引き剥がそうとする。
そんな無理をするものだから、体のあちらこちらが傷ついてしまう。
再生能力ですぐに傷は癒えるのだけど……
しかし、氷の侵食は止まらない。
むしろ加速して、ゲオルグを氷結の檻に閉ざそうとしていた。
「こんな……ことが!?」
「倒せないのなら封印する……わりと簡単な答えだよね」
「貴様ぁあああああ!!!」
ゲオルグは鬼のような形相で叫んで、こちらに手を伸ばしてきた。
でも、足りない。
その手が俺に届く前に、ゲオルグの全身は完全に凍りついた。
「よし、勝った」
氷の剣を消して……
「「ちょっちょっとちょっと!?」」
アリスとレティシアが詰め寄ってきた。
「なにその魔法どういうこと!?」
「斬った相手を凍りつかせるとか、なんなのよ!?」
「え、えっと……」
なんなの、と言われても、見たままとしか答えられないんだけど……
「ゲオルグを倒す方法はなにかしらあると思うんだけど、それを探っているヒマはなかったというか、時間をかければかけるだけ被害が拡大するから……だから、封印することを考えたんだ」
「それが、あの氷の剣……?」
「うん。あれは斬ることを目的としたわけじゃなくて、封印することが本命なんだ。斬った相手を魔力の氷で覆う……そんな効果があるんだよ」
「問答無用ってところがえぐいわね……」
「ハルってば、またそんなとんでもない魔法を開発して……」
なんでだろう?
アリスとレティシアがひいているような気がした。
俺、わりと理に叶ったことをしたと思うんだけど……
「……」
そっと、クロエが前に出た。
「お嬢!?」とか「危ないですぜ!?」とか、そんな声が飛んでくるものの、彼女は気にしない。
氷漬けになったゲオルグに、そっと触れる。
「……この封印は、完璧なのですか?」
「そうだね。こうして破られていない以上、ゲオルグが自力でなんとかすることはできないよ。俺の意思で解除するか、魔力が切れるのを待つか……後者は、少なくても十年はかかると思う」
魔王を継いだのだ。
それくらいの芸当はできる。
「そうですか」
クロエは淡々とした様子だった。
暴君を討つことができた喜びを示すのではなくて。
父を討ってしまった悲しみを表すわけでもなくて。
ただただ、感情のない瞳をゲオルグに向けていた。
そして、こつんと、軽く額をつける。
「……お父様はバカです。どのような力を得ても、失ったものは戻らないのに。他人を排除しても、結局は一人になるだけなのに。他人の手を払うのではなくて、握ることができていれば、あるいは……」
反逆者の娘として死にたくない。
巻き込まれたくない。
クロエはそう言っていたけど……
でも、本当はゲオルグを止めたかったのだろう。
父親と話をしたかったんだろう。
今のクロエを見て、そう思うことができた。




