386話 奪われないために奪う
ゲオルグ・フェルナルドは、他人を信じていない。
その理由は彼の生い立ちにある。
フェルナルド家を継ぐ者として生まれたゲオルグは、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。
遊ぶ時間なんてない。
両親に甘えることもできない。
ただただ、ひたすらに知識を詰め込まれた。
それは、ある意味で仕方ないことと言えた。
ゲオルグは次の領主となる男。
それが無能ではどうしようもない。
自分一人が破滅するのなら特に問題はない。
しかし領主となると、破滅する時は民も一緒だ。
それだけは許されない。
故に、万が一にもそのようなことが起きないように、徹底的な教育が施された。
……そのせいで、ゲオルグの心は大きく疲弊した。
子供らしい感情を育むことができず。
また、小さい頃から社交界に連れて行かれ、汚い大人の世界を見せつけられた。
結果、他人を信じることができなくなった。
領主となった後もそれは変わらない。
雇う人間は必要最小限。
結婚は、政略結婚。
愛なんてない。
ただ……
クロエが生まれた時、ゲオルグの心は初めて揺れた。
小さくて儚くて。
一人ではなにをすることもできない。
誰かを頼らなければ、すぐに死んでしまう存在。
でも、なぜこんなにも気になるのだろう?
どうして、こんなにも胸が騒ぐのだろう?
自覚はしていないが、ゲオルグはクロエを愛していた。
大事な娘として、その一生を見届けたいと感じていた。
以来、ゲオルグは少しだけ変わった。
親しい人でないとわからない変化だけど、わずかに人当たりが柔らかくなった。
政略結婚でなんの感情を抱いていないはずの妻に優しくするようになった。
娘に厳しい教育を施すのではなくて、ただ、見守るようにした。
初めて平穏な時間が訪れたのかもしれない。
……しかし、それは長くは続かなかった。
半年前、妻が死んだ。
表向きは病死ということになっているが、実際は毒殺だ。
犯人は、信頼し始めていた部下。
政敵の手先だった。
初めて他人に心を許して……
しかし、それは他人によって奪われた。
信じるべきではなかった。
そのせいで奪われてしまった。
ならば……
二度と奪われないために、なにもかも遠ざけてしまえばいい。
こちらから先に奪ってしまえばいい。
そうすれば苦しむことはない。
胸が張り裂けそうな嘆きに襲われることはない。
それこそが正しい道だ。
ゲオルグはそう確信して、鎖国を徹底するようにした。
他人を寄せ付けない。
身内であっても信じることはない。
その国のあり方は、ゲオルグの心そのものだった。
そして……
ある日、ゲオルグは神の声を聞いた。




