371話 味方であるよ
「いいんじゃないかな?」
「え?」
クロエが目を丸くした。
まさか肯定されるとは思っていなかったのだろう。
「すごく他人事みたいに言っちゃうけど、クエロって、もうかなり詰んでいる状態だからね。他に道はないと思う」
例えば、鉄血都市を離れて遠くへ逃げるという選択肢もあるだろう。
でも、無事に逃げられるかどうか怪しい。
圧政を敷くような男だ。
娘が逃げようとすれば、容赦なく殺すかもしれない。
無事に逃げられたとしても、追手が来るだろう。
うまく退けたとしても安心はできない。
二度目、三度目の追手が来るかもしれない。
領主が倒れたとしても……
残党狩りが始まり、危険が迫るかもしれない。
……そんな可能性を考えると、逃げたからといって解決できるわけじゃない。
他の選択肢も色々な危険を孕んでいて……
一番の正解となると、やっぱり、領主を討つことだろう。
「誰だって死にたくないからね」
「……」
「他人を蹴落としてまで生き残ろうとするのは、ちょっとどうかと思うけど……クロエの場合、そういうわけじゃないし。暴走する領主を止める、っていう大義名分がある。それによって救われる命がある。なら、ついでに自分の命を救ってもいいんじゃないかな?」
「……」
「どうしたの? さっきから、ぼーっとしているけど」
「あ、いえ……」
クロエは、未知の生き物を見るような目をこちらに向けてきた。
「そのように言われるなんて、思ってもいませんでした」
「そう?」
「はい。失望されるか怒られるか……あるいは見捨てられるか。否定されることはあっても、肯定されるとは思っていませんでした」
どこか実感のない様子で言う。
それだけ俺の言葉が意外だったんだろう。
その反応を見て、ちょっと複雑な気持ちになる。
生きたいなんて、誰もが当たり前のように願う気持ちだ。
クロエはそれを公に言うことはできず、一人で悩んでいた。抱え込んでいた。
(まだ子供なのに)
当たり前のことが当たり前にできない。
常に立派でなければいけない。
どれだけの重責なんだろう?
俺は俺の目的を達成しないといけない。
そのための共闘。
でも、それは抜きとしても、クロエの力になりたいと思った。
「ねえ、クロエ」
自然と言葉が紡がれる。
「俺は、君の味方でいるよ」
「え?」
「よほど無茶をしない限り言わない限り、君の味方でいる。やろうとしていることに賛成して、あと、悩みとか迷っていることがあれば相談に乗るよ。それで、いいんじゃないかな、って肯定する」
「……なんでも、ですか?」
「なんでもは無理かな」
領主と同じように、他都市を侵略する、とか言い出したらダメだ。
さすがにそれはついていけない。
「でも、間違った方向に進もうとしていたら止めてみせるよ。頭をごつんってやってでも、それはダメ、って叱って教えてみせる」
「……」
「だから安心して、っていうのはおかしい話だけど……でも、味方がいないわけじゃないから。少なくとも一人、ここに君の味方がいるよ。それを覚えておいて」
「……」
聞こえているのか聞こえていないのか、クロエはポカーンとしたままだ。
大丈夫かな?
なにかあったのかと心配になる。
「クロエ?」
「……」
「おーい、クロエ? 大丈夫?」
「あ……は、はい。大丈夫です。問題ありません」
と言う割に、まだ落ち着いていない様子だ。
なんだろう?
そこまで変なことを言ったかな?
「もしかして、俺の話、すごく重いと思った?」
出会って間もないのに、ずっと味方でいるとか。
考えてみれば、ちょっと重い話だ。
引かれたかな? なんて思ったけど、クロエは首を横に振る。
ぶんぶんと、勢いよく振る。
「そ、そのようなことはありません!」
「そう?」
「その、あの、えと……すごくうれしかったです。あなたみたいな方は……初めて、です……」
なぜかクロエは顔を伏せてしまう。
あと、声も小さく、最後の方はよく聞き取れなかった。
「……」
「……」
妙な沈黙。
ややあって、どこか意を決した様子でクロエがこちらを見た。
「あ、あのっ!」
「うん。どうしたの?」
「本当に、私の味方に……?」
「なんでもかんでも、っていうわけにはいかないけどね。クロエが今のクロエのままでいるのなら、ずっと味方でいるよ」
「……」
なぜかクロエの顔が赤い。
風邪?
「なら……」
「うん?」
「私と……け、結婚していただけませんか!?」




