370話 出撃前のティータイム
色々な意味で予想外だったけど、幹部達と仲良くなることができた。
これで憂いはない。
問題なく作戦に挑むことができる。
ただ、もう一つやっておきたいことがあった。
作戦開始の一時間前。
俺は一人で行動して、クロエの部屋の扉をノックする。
「はい?」
「ハルだけど、今、いいかな?」
「どうぞ」
すんなりと入室を許された。
もしかしたら、俺が来ることを予期していたのかもしれない。
小さな部屋だった。
端には本棚が並んでいて、煩雑に資料が押し込まれている。
中央にあるテーブルにも資料が乗せられていた。
わずかに残った空間にティーカップが。
「すごい部屋だね」
「すみません、散らかっていて」
「俺は気にしないけど……もしかして、これ全部、資料?」
「はい。街に関することや、領主に関すること。あとは、作戦の立案書まで……色々です」
「それはまた……なんていうか、すごいね」
わかっていたことだけど、クロエの覚悟と決意は本気だ。
でなければ、ここまですることは無理。
資料の山が彼女の決意の証に見えた。
「ところで、どうされたのですか?」
「話をしたいと思って」
「話……ですか?」
今更なんの話を?
まさか世間話?
そんな感じで、クロエは訝しげな顔をした。
ただ、これからする話は、今、どうしてもしておきたい。
それを怠ると、下手したら作戦が失敗してしまうから。
「動機を聞いておきたいんだ」
「動機」
「というか、やる気? クロエは、どうして領主を討とうとするの?」
「それは、放置すればこの鉄血都市だけではなくて、他の都市も……」
「うん、それはわかるよ。でも、その使命感はどこから出てくるのかわからないんだ」
「……」
「領主の娘だから、っていう一言で片付けるには、やろうとしていることはあまりにも大きすぎる。よほど強い想いがないと無理だよ」
「それは……」
「よかったら、その想いを聞かせてくれないかな? 言い方は悪いけど……もしも中途半端なものだったりしたら、身の振り方を考えないといけないから」
ここに来てやっぱりやめた、ということもあるよ、と匂わせておいた。
クロエはこちらをじっと見つめて……
やがて、はぁ、とため息をこぼす。
「お人好しだと思っていましたが、意外と計算高いのですね」
「色々あったから」
「わかりました。私が思うところ、全てをお話いたします。もっとも……期待に応えられるかどうか微妙ですが」
もしかしたら失望されるかもしれません。
そう自嘲めいたことを言いつつ、想いを語る。
「おっしゃる通り、領主の娘としての義務を果たすだけではありません。それ以外の思惑があります」
「それは?」
「死にたくないからです」
思わぬ言葉が飛び出してきた。
「このまま父の暴走を放置すれば、他都市は大きな被害を受けるでしょう。一つくらいは壊滅するかもしれません……しかし、そこまで」
「……」
「侵略を行うという愚行に出た鉄血都市を、他の都市は決して許さないでしょう。鉄血都市を打倒するために手を組み、一斉に攻撃をしかけてくるはず。そうなれば勝つことはできません。敗北あるのみです」
クロエの未来予想図は正しいと思う。
独裁を敷くだけなら、まだ許容できる。
しかし侵略を行うのならば戦うしかない。
自分達を守るため、各都市は連携を取り、全力で鉄血都市を撃破するだろう。
「父は当然断罪されるでしょう。それだけではありません。その娘である私も、容赦なく首をはねられると思います」
「そんなことは……いや、あるか」
親の罪は子供にない。
ないのだけど……
侵略なんてやらかしたら、本人だけの処分で終わらないことが多い。
一族みんな……ということがほとんどだ。
「つまり、このままだと私は破滅してしまいます。なので、なんとしてもそれを避けたいのです」
「……ぶっちゃけた言い方をすると、父親と一緒に死ぬくらいなら、父親を殺して自分は生き残る、っていうこと?」
「本当にぶっちゃけましたね。ですが、そういうことです」
やや挑発めいた言い方になってしまったけれど、クロエは素直に肯定してみせた。
「失望しましたか? 私はただ、自分が生き残りたいだけに父親を討とうとしている浅ましい女です」
子供が言うような台詞じゃない。
でも、それはとことん追い詰められているから……なのか。
他に道がなくて。
どうすることもできなくて。
だから、父親殺しを決意するしかなかった。
「いいんじゃないかな?」
「え?」




