365話 果てしない欲望
「なっ……!?」
予想すらしていない危険ワードが飛び出してきて、絶句してしまう。
他都市への武力侵攻?
そんなメチャクチャな話、本当なのだろうか?
ついついクロエを疑ってしまうのだけど……
でも、彼女はあくまでもまっすぐな表情をしていた。
自分の推測に間違いはないと、そう確信している様子だった。
「その根拠を聞いてもいいかな?」
「最近になって、ゲオルグは過剰なまでの武器を生産するようになりました。防衛のためというにはあまりにも量が多く、他所への侵攻を考えているとしか思えません」
「目標が都市って考えるのはどうして? 近くにできた魔物の巣を掃討するとか、あるいは、スタンピードの兆候を捉えて対策をしているとか、色々とあると思うんだけど」
「それにしては、やはり軍拡の規模が大きすぎます。それと、学術都市の情報を病的なまでに集めています」
「それは……」
「確定的じゃない?」
アリスとレティシアが納得する様子を見せた。
絶対とは言えない。
でも、二人が言うように、侵攻の可能性が高いことは確かだ。
この状況を放っておくことはできない。
「うん、了解」
「え?」
「君に協力するよ」
「えっと……」
望む答えを得られたはずなのに、なぜか女の子はキョトンとした顔に。
「それはとてもうれしいのですが、本当によろしいのですか?」
「え、なにが?」
「私は今、大きな問題に巻き込もうとしているわけで……そんなに簡単に決めてしまうなんて」
簡単に決めていると言われたら、そうかもしれない。
クロエが言うように、普通ならもっと熟考するかもしれない。
でも、問題を聞く限り、一刻を争うようなものだ。
考えている時間すら惜しい。
さっさと行動を始めた方が得で、それと……
「そんな話を聞いたら放っておけないよ」
「……」
「俺、自分にできることがあるならやる、って決めたんだ」
今後の行動を自分で選んで。
そうして世界を見て。
知って。
前に進んでいくと決めた。
危ないからという理由だけで逃げることはしたくない。
障害があるというのなら、壊してやる、くらいの気概が必要だと思う。
「ふふ、とてもおもしろい方なのですね」
クロエが小さく笑う。
そうやって笑うと、年相応の普通の女の子に見えた。
「では、さっそく行動を開始しましょう。私に従う者達と顔を合わせ、今後の方針について考えましょう」
「それはいいんだけど……俺達の事情とか、そういうのは聞かないの?」
クロエからしてみたら、俺達は正体不明の怪しい人物だ。
協力を持ちかけているのだから、多少は信頼しているのかもしれないけど……
でも、謎が残ることに変わりない。
普通、そういう疑問は潰しておくと思うんだけど……
「そうですね。確かに、あなた達の正体は気になります。この都市にどうやって潜入したのか、どうして強い力を持っているのか。考えたらキリがないです」
「なら……」
「なので、考えるのをやめました」
にっこりと笑いつつ、クロエが言う。
「今は時間がありません。なので、手段は選んでいられません。言い方は悪いですが、あなた達はとても都合が良い存在です。なので、信じるのではなくて利用することにします」
「そんなこと、真正面からよく言えるね……」
「伊達に領主の娘を務めていませんから」
なるほど。
クロエは幼い少女に見えて、しかし、上に立つ人間なのだろう。
頭の回転が早く、それでいてしたたかだ。
油断したら、ぱくり、といかれてしまうかもしれない。
完全に信頼するのは危険だ。
いつ裏切られてもいいように動いて、その可能性を常に考えておくべきだろう。
……と、普通ならそう判断するのかもしれない。
でも、そんなのはイヤだ。
一緒に行動する仲間を疑い、警戒するなんて疲れる。
なにより嫌な気分になってしまう。
だから、俺はクロエを信じることにした。
無条件に絶対的に信じるわけじゃないけど……
変な疑念を持つのはやめようと、そう決めた。
レティシアやアリスが聞いたら、甘い! って怒られるかもしれないけど……
でも、これが俺だ。
「これから、よろしくね」
「はい。えっと……」
あ。
そういえば、自己紹介がまだだった。
「俺は、ハル・トレイター。冒険者だよ」
「アリス・スプライト。同じく冒険者よ」
「ふん……レティシア・プラチナスよ」
「ハルさま、アリスさま、レティシアさま……これから少しの間、よろしくお願いいたします」
クロエはそう言って、にっこりと笑うのだった。




