364話 暴君の娘
ちょこんと指先でスカートをつまみ、優雅に自己紹介をするクロエ。
その仕草を見ていると、本物のお嬢様なんだなあ、と思う。
ただ、領主の娘となると……
「よし、ぶった切るわ」
「いいわ」
「よくないよくない」
好戦的になるアリスとレティシアを手で制した。
なんか、最近アリスも物騒になっているような……?
レティシアの影響を受けているのかな?
「誓ってもいいですが、私はあなた達に敵意や害意を持っているわけではありません。どうか、話を聞いてくれませんか?」
「ふんっ、どうだか」
レティシアは不機嫌そうに鼻を鳴らして、クロエを睨みつける。
ここに来て色々とされたから、その気持ちはわからなくはないんだけど……
相手は子供なんだから、ちょっと大人げない気がした。
まあ、それはそれでレティシアらしいか。
「ちょっとハル、なんか失礼なことを考えなかった?」
「カンガエテナイヨ」
レティシアの勘が恐ろしい。
野生動物並だ。
まあ、似たようなものか。
「ちょっとハル」
「ナンデモナイヨ?」
いけない、ループになってしまう。
「それで、話っていうのは?」
「こっそりと、さきほどの騒動を見ておりました。見たことのない魔法に、大胆不敵な行動力……名のある方ではないか、と」
「うーん」
レティシアは勇者だけど、俺は、普通の冒険者だ。
それほど名前が売れているわけじゃない。
とはいえ、ここで否定したら話が先に進まないので、ひとまず沈黙を保つ。
「その力を私に貸していただけないでしょうか?」
「目的は?」
「父を……いえ。鉄血都市の領主、ゲオルグ・フェルナルドを討つことです」
「「「っ!?」」」
思わぬ言葉が飛び出してきて、俺達は驚いた。
鉄血都市の領主を討つ?
領主の娘が?
本気なのだろうか?
ついついクロエの正気を疑ってしまう。
ただ、彼女はまっすぐにこちらを見つめていた。
その瞳に曇りはなくて、正気を失っているようには見えない。
欲に溺れているわけでもなさそうだ。
あくまでも、クロエは真剣に考えて……その結果、領主を討つという結論に達したのだろう。
「詳細を聞かせてくれる?」
「受けていただけるのですか?」
「話を聞かないことにはなんとも。まずは、詳細を聞きたいかな。話せる範囲で構わないから、どうしてそんなことをしようとしているのか、教えて」
「わかりました」
かくして、クロエは語る。
親を討つ決意を語る。
「……始まりは、半年ほど前のことでした」
彼女によると……
鉄血都市は閉鎖的な場所ではあったものの、問題なく機能していたという。
争いに包まれることはなくて。
穏やかな日々が続いて。
笑顔があふれていたという。
しかし、半年前に変化が起きた。
ある日を境に、ゲオルグは暴君と化した。
逆らうものは容赦なく粛清して。
民を締め上げて。
神を絶対的なものとして崇めるように。
おかしなところは続く。
圧政を敷かれた民は、普通は反発を覚えるものだけど……
ほぼ全ての民がゲオルグを名君と慕い、どのような無理難題も喜んで受け入れるように。
そして、同じく神に対する信仰が強くなる。
「……以来、この都市は歪み続けています」
「そんなことが……」
鉄血都市が変わっていく様子を事細かに語られた。
その内容は、他者の俺達でも危機感を覚えるほどで、ゾッと背中が震えてしまう。
「ねえ、ハル」
「うん、わかっているよ」
領主も民も、過剰なまでに神を崇めているらしい。
そして、天使。
詳細はわからないけど、俺が求めるものはここにありそうだ。
間違いない。
「このままでは都市が滅びることになるかもしれません。私はレジスタンスを結成して……父を討つ覚悟を決めました」
クロエからは悲壮なまでの決意が感じられた。
「クロエが本気っていうことはわかったけど、そこまでしないといけないの? まずは話し合いをするとか……難しいとしても、力に頼らないで、もっと平和的な解決方法を探るとか」
「できるのならそうしたいのですが、残念ながら時間がありません」
「時間?」
「ゲオルグは、他都市への武力侵攻を企んでいます」




