360話 むむ
「ふぅ……」
危うい場面はあったものの、なんとか広場から脱出することができた。
そのまま空き家へ身を潜める。
「オッケー、尾行はいないと思うわ」
「ありがと」
周囲の探索をしていたレティシアが戻ってきた。
その間、俺はアリスを床に寝かせて、容態を診ていた。
本当ならベッドに寝かせたいのだけど、誰も使っていない空き家なので、そんな上等なものはない。
俺の上着を床に敷いて、その上に寝かせていた。
「そいつは?」
「たぶん、薬か魔法で眠らせているんだと思う。外傷は見当たらないし、呼吸はしっかりしているから、体の中が傷ついているってこともないと思う」
「そ……って、ちょっと待ちなさい」
レティシアがジト目に。
「外傷は見当たらないって、どうしてわかったのよ?」
「え」
「服、脱がさないといけないわよね?」
睨みつけられる。
汗が流れる。
「……」
「……」
少しの沈黙の後、
俺は目を逸らす。
「決していやらしい気持ちがあったわけでは……」
「ふふふ」
レティシアはにっこりと笑い、剣の柄に手を伸ばす。
「死刑」
「ちょ!?」
「うふ、ふふふっ……切り刻んであげる」
「落ち着いて!? ストップ、ストップ!」
レティシアは、悪魔の魂を完全にコントロールしたと思っているみたいだけど……
この状態を見る限り、それは思い込みのような気がした。
まだまだ危うい。
まあ……
今回は俺が悪いのかもしれないけど。
「いやらしい気持ちがあったわけじゃないから! 純粋に、アリスのことが心配だったから……!」
「どうかしら? なら、なんで私が捕まっていた時はなにもしなかったのよ?」
「だって、意識があってすごく元気そうだったし」
「なによ。私相手にそういうことはしたくないわけ?」
「え? え?」
「してみなさいよ、ほら! なんなら脱いであげるわよ!」
「わーっ、ちょ、ちょっと待った!?」
レティシアが妙な方向に暴走してる!?
これは、どうやって収拾すれば……?
と、心底悩ましく思っていると、
「ん……んぅ?」
アリスが目を覚まして、ゆっくりと体を起こす。
「アリス! よかった、目が覚めたんだね」
「……ハル? それに、レティシアも……」
「ふん」
アリスの目の前で騒ぐわけにはいかないと思ったのか、レティシアは剣の柄から手を離した。
雰囲気も元に戻る。
助かった……
「えっと、ここは……?」
「説明するよ。俺達は……」
――――――――――
「転移……鉄血都市……天使……なるほど、ね」
一通りの説明をすると、アリスは納得顔で頷いた。
さすがアリス。
こんな訳の分からない状況に放り出されても、冷静に現状を受け止めている。
「あたし、二人に助けられたのね……ありがとう、ハル。レティシア」
「助けるのは当然だよ」
「ふん、ついでよ」
いつでもどこでも素直じゃないレティシアだった。
いや、まあ。
ツンデレとかじゃなくて、本音という可能性もあるけどね。
「これからどうするの?」
「ここはおっかないところだけど……でも、天使のことが気になる。あと、アリスやレティシアがそうだったように、もしかしたら他のみんなも捕まっているかもしれない」
最初は、さっさと脱出することが一番だと思っていたけど……
今になって考えを改めた。
鉄血都市は謎が多く……
それを放置したら、今後、なにかしらまずいことになるような気がした。
リスクはもちろんある。
でも、それを承知の上で、情報収集に努めるべきと判断した。
「情報収集なんてめんどくさいわね……偉そうなヤツを片っ端からさらって、拷問すればいいんじゃない?」
「どうして、レティシアの発想は、そう極端なの……?」
「え? 普通でしょ」
キョトンとした顔で返されてしまう。
おかしなことを言った? と、本気で疑問に思っているみたいだ。
やっぱり……
レティシアは、悪魔の侵食を抑え込むことはできていない。
できた、と思いこんでいるだけで……
あるいは、そう思考を誘導されているだけで、今も危うい状態だ。
こちらもなんとかしないといけない。
課題が山積みで頭が痛くなる。
「あたしはハルに賛成。せっかくに中に潜り込んだんだから、このまま調査を続けましょう」
「天使とやらについて?」
「それもあるけど……あたしは、この鉄血都市に興味があるわ」




