356話 わりと普通
「……案外、うまくいったわね」
「……うん。まあ、油断はできないけどね」
俺とレティシアは、鉄血都市に潜入することに成功した。
その方法は?
なんてことはない。
下水から侵入しただけ。
匂いがひどいことになっていたけど……
その点を考えなければ、無事に侵入したと言えるだろう。
ちなみに、下水の匂いがこびりついたローブは途中で捨てた。
「それにしても……」
レティシアが周囲を見つつ、意外そうに言う。
「こうして、落ち着いて中を見てみると普通の町並みね」
母親が子供と一緒に散歩をして。
冒険者が打ち合わせ混じりの雑談をしつつ、仲間を一緒に歩いて。
露店を構える商人は、呼び込みの声をあげている。
どこにでもあるような、普通の光景だ。
とてもじゃないけれど、レティシアを火あぶりにしようとしたようには見えない。
まあ……
俺達の正体がバレていないから平穏なだけで、露見したら、先程のような騒動が繰り返されるのかもしれない。
「さっさと補給を済ませて、出ていきましょう。こんなところに長居したくないわ」
「……そうだね」
今回はレティシアの意見に賛成だ。
この街、なにかおかしい。
その謎を突き止めたいという気持ちはないでもないけど……
でも、無理に危険を犯す必要はない。
そのリターンがない。
なら、さっさと補給をして逃げるのが正解だろう。
「冒険者用の店はどこかな?」
「あっちの方じゃない? 知らないけど」
適当すぎる。
でも、ここはレティシアの勘に頼ろう。
街の地図があればいいんだけどね。
「えっと、店は……」
店を探して歩くこと、30分ほど。
ようやくそれらしい建物を見つけることができた。
「よかった、あれだよね?」
「ふふんっ、この私のおかげね!」
「レティシアは、何度も迷ったよね……?」
「……気のせいよ」
目を逸らしているところを見ると、気まずいとは思っているみたいだ。
それなりに悪魔の魂を抑え込んでいるせいか、以前のように無茶苦茶な言動はしない。
少しだけど、昔に戻ったような気がして……
それがうれしくて、でも、ちょっと寂しくもあった。
「じゃあ、さっそく補給を……」
店に入ろうとした時、
ガララーンガラーンという鐘の音が響いた。
かなり大きな音で、街全体に響くほどだ。
「なに、これ?」
「わからないけど……」
俺達が戸惑う中、街の人達はすぐに反応した。
それぞれ、今までしていた行動をピタリと止めて、一斉に歩き始めた。
みんなでどこかを目指しているみたいだけど……
「レティシア、俺達も一緒に行こう」
「なんでよ? さっさと補給を済ませて、こんな街からは逃げるんじゃなかったの?」
「店の人も移動しているよ」
「あら。なら、商品を手に入れ放題ね」
「あのね……」
火事場泥棒みたいなことをできるわけがない。
冗談……じゃなくて、本気っぽい。
今は目立つから、あとでおしおきだな。
「俺達だけ違う行動を取っていると目立つよ。最悪、正体がバレる」
「む……」
「ほら、いくよ」
「仕方ないわね」
魔法を使うことなく、なんとか納得させることができた。
街の人達に紛れ込むようにして、俺達も足を進める。
目的地はわからないけど、街の人達についていけばいいので、迷うことはないだろう。
そして……
「教会?」
たどり着いた場所は教会だった。




