350話 一緒に歩こう
『……いいのか?』
念押しするように、魔王が問いかけてきた。
「自分で言ったことだよね」
『だが、積極的に勧めているわけではない。他に方法がないから、こうして話をしているだけだ。本来なら、お前の体を奪い、俺がやるところだ』
「でも、それはしない。君はもう、同じ過ちを繰り返したくないから」
『……』
図星なのか、魔王が黙る。
こうして色々な話をして、理解した。
彼は魔王と呼ばれているものの、でも、根本的なところは俺達人間と変わらない。
弱くて。
孤独を恐れて。
間違いを犯すことを避ける。
そんなものなのだ。
「話を聞いたら放っておくことはできないし……あと、俺は俺でやっておきたいことがあるんだ」
『幼馴染の件か?』
「知っているの?」
『お前の中にいたからな。だいたいのことは知っている。ただ、あの女は……』
「一応、自我は取り戻しているみたいだね」
『……それも知っていたのか?』
魔王は今度こそ驚いたみたいだ。
俺がなにも知らない、気づいていないと思っていたのだろう。
「もちろん、知っているよ。伊達に幼馴染をやっていないからね」
レティシアは隠そうとしていたみたいだけど……
でも、少し見ればすぐにわかった。
ひねくれた態度をとっているものの、以前のように刺々しくない。
時折、すごく気まずそうな目をしている。
彼女は、とてもわかりやすいのだ。
それが俺の幼馴染。
たぶん、俺に合わせる顔がないとかそんな理由で、今も演技を続けているのだろう。
でも、舐めないでほしい。
俺はレティシアの幼馴染なのだから、色々と事情を知った今なら、わりと簡単に見分けがつく。
『ならば、なぜ黙っている? なぜなにもしない?』
「気にしないで、とか言ってもレティシアは気にするだろうし……本当の意味で仲直りするには、なにかこう、うまいきっかけが必要だと思うんだ。それが見つからないから、今は、下手に刺激しない方がいいかな、って」
『ふむ』
「あと……根本的な解決はまだだからね」
『それも気づいていたか』
レティシアは気づいていないみたいだけど……
彼女は今、悪魔の魂を完全に抑え込んでいる。
それは正解だ。
でも、抑え込んでいるだけであって、消滅させたわけじゃない。
支配下に置いたとしても、後々で反逆されるかもしれない。
ふとしたタイミングで主導権を奪い返されるかもしれない。
そういったリスクは、未だ残っている。
だから、俺はレティシアと一緒にいる。
そうすることで、彼女が再び暴走しないようにして……
同時に、根本的な問題の解決を考えていきたい。
「だから、この場合は互いの利害が一致しているんだ。まあ、俺は世界の都合より自分の都合を優先しているから、気に入らないかもしれないけど」
『構わない。いきなり世界のために……と言われる方が信用ならん』
「それもそうかもね」
契約成立だ。
俺は彼の全てを受け継ぐ。
引き継ぐ。
彼が背負っていたものはとても大きくて、どれだけできるかわからないけど……
うん。
全力で挑んでいこう。
大丈夫。
諦めない限り、わりとなんとかなるものだ。
『気楽だな』
「変に気負うよりはいいかな、って」
『違いない』
魔王が苦笑した。
そして、手を差し出してくる。
『世界を頼んだ』
「頼まれた」
彼の手を取る。
瞬間、ぶわっとなにかが流れ込んできた。
「これは……」
魔王の力だ。
いや、それだけじゃない。
知識、記憶、想い……魔王の全てが流れ込んでくる。
これが魔王を『継ぐ』ということか。
『俺はここまでだ』
「……」
『後は任せた』
「うん。でも……」
彼の旅はここで終わる。
だけど……
「あなたの想いは、一緒に連れて行くから」
『……すまないな』
その謝罪は、どういう意味なのか。
なんとなく想像はできたものの……でも、口にするのはやめておいた。




