348話 魔王の使命
「……はい?」
少しの沈黙。
ややあって、俺は間の抜けた声をこぼした。
「今、なんて?」
『俺を喰らえ、と言った』
「えっと……」
再び思考が停止してしまう。
『いちいち驚くな』
「いやいやいや! 驚くに決まっているでしょ!?」
確かに、最初は魔王の魂と対決して、勝利するつもりだった。
喰らう、と同じ意味だったと思う。
でも、まさか相手が同意してしまうなんて……
そんなこと、予想できるわけがない。
「……確認するけど、喰らえ、っていうのは魂を……っていうことでいいんだよね?」
『ああ』
「……俺が君の力を手にする、っていうことでいいんだよね?」
『ああ』
「……取り込まれたフリをして、中から侵食して奪い返す、とか?」
『そんな面倒なことはしない。というか、今、それとほぼ似たような状況だろう』
「ですよねー」
魔王がなにを言いたいのか、その目的はなんなのか。
さっぱりわからない。
ある意味、自殺と同じようなものじゃないか。
よく来たな、お前を乗っ取ってやる。
せいぜい抵抗してみせろ、ははは!
……みたいな展開を予想していたのに。
『俺をそのような小物と想像していたのか』
「あ、ごめん」
『まあいい、話を戻すぞ。俺は一切抵抗しない、俺を取り込み、自分のものとしろ』
「……理由を教えてもらっても?」
魔王が本気なのは、言葉に乗せられた感情から理解した。
ただ、どうして? という疑問は消えない。
この疑問を解消しない限り、彼の提案を受け入れることはできない。
『そうだな、なんて言えばいいか……疲れたのだ』
「疲れた?」
『魔王であること。その使命を達成しなければならないこと……それらに疲れたのだ、俺は』
「使命?」
思いも寄らない言葉が飛び出して、ついつい繰り返してしまう。
魔王の使命って……なんだ?
そんなものが存在するのか?
『当たり前だろう? もしかして単純に、俺が悪魔を束ねる王としてしか考えていなかったのか? 破壊と混沌を好み、意味もなく暴れる……そんな獣と同等の存在と考えていたのか?』
「えっと……うん。わりと」
『正直なヤツだな』
魔王が苦笑した……ような気がした。
魔王は、72の悪魔を束ねる王。
悪魔の上位の存在。
そんな情報だけで……
なにかしら使命を抱えているなんて、まったく予想していなかった。
これは俺の落ち度だ。
『王』を名乗るのだから、それなりの使命、あるいは責務を抱えているのが当たり前。
それなのに、そこに想像がいっていない。
「それ、教えてもらっても?」
『ああ。黙っているのは不公平だからな、問題ない。ただ……』
「ただ?」
『使命を引き継げないというのなら、ここで死ね』
「……」
『乗り気ではないが、俺が再び表に出る。覚悟のないヤツに、力を預けることはできないからな』
「……わかったよ、約束する。だから、ちゃんと聞かせて」
『いい返事だ』
魔王がニヤリと笑う。
俺と同じ顔をしているから、ちょっと複雑な気分だ。
『一から説明すると、時間がかかりすぎる。要約して言うぞ? 魔王の使命とは……神を討ち滅ぼすことだ』
「こう言ったらなんだけど、ありがちな話だね」
『素直だな。まあ、気持ちはわからないでもない。ただ……裏に隠された事情はやや複雑だ』
魔王曰く……
神は万能の存在ではなくて、一種の機構に過ぎない。
その神の目的は、人類の管理。
人類が絶滅しないように外敵から守る。
あるいは、恩恵をもたらして危機を助ける。
そうして管理を続けてきたのだけど……
「話だけ聞くと、悪いことじゃないと思うんだけど……あ。もしかして、守られてばかりだと前に進むことができない、成長することができないから、それを打ち破るとか?」
『いや。成長できないとしても、生きていくことができるのならば、それはそれで悪いことではないだろう。それに、どんな環境であれ、人は成長していくものだ。閉鎖された場だからといって、成長が止まるなんてことはありえない』
「確かに」
なら、なにが問題なのだろう?
『問題は、神が己の裁量一つで人類を管理していることだ』
「えっと……?」
『お前は、自分の判断が常に絶対的に正しいと言えるか? 間違いは一つも犯さないと言えるか?』
「それは無理だよ」
正しいと思っていても、間違いを犯してしまうことがある。
後で過ちに気づくことがある。
絶対的に正しいこと、なんてない。
『神は、自分を絶対的に正しいと信じている』
「それって……」
『誤った判断なんてしない。おかしな裁きをくだしても、これは正しいと思い込み、過ちを認めない……そんな壊れたヤツなのだよ』
「神様……なのに?」
『言っただろう。神は万能ではない』
「……」
だとしたら、とんでもない話だ。
人はミスをする。
例えば、裁判なんかで無罪の人を有罪にしてしまうことがある。
それと同じようなことを、絶大な力を持つ神様がしたとしたら……?
想像するだけで恐ろしい。
『だからこそ、神を討たねばならない。今は問題ないかもしれないが、将来的に、致命的な事件が起きるかもしれない。そうなる前に、壊れた機構には退場してもらわないとな』
「それが魔王の使命……」




