347話 魔王との対話
暗闇の中に、さらなる闇が現れた。
深く、どこまでも深い闇。
見ているだけで吸い込まれてしまいそうな……
そして、そのまま帰ってこれなくなるような。
そんな『闇』があった。
それはやがて人の形を取り……
「……俺?」
俺とそっくりな姿になる。
鏡を見ているかのように、細部まで全て同じだ。
『今の俺は正確な姿を持たないからな。お前の中にいることだし、姿を借りることにした』
「そうなんだ……うん、よろしく」
『……本当に動じないのだな? しかも、呑気に挨拶をするとは……くくく、俺の器は面白いヤツだ』
「ありがとう?」
褒められているのかな?
『褒めてなどいない』
心を読まれた!?
『ここは俺の中のようなもの。なんでもできる、と考えた方がいい』
ということは……
魔王の胃の中?
消化されたりしないだろうか?
あと、ちょっと嫌な感じ。
『……だから、考えていることは全てわかると言っただろう』
「あ、つい」
『お前は現状を理解しているのか? どうぞ好きにしてくださいとばかりに、のこのこ俺の中に飛び込んできた。ここでお前の魂を喰らい、成り代わることも可能なのだぞ?』
「それは嘘かな」
『……』
即答すると、魔王が沈黙した。
『……なぜそう思う?』
「君にそこまでの力は残ってないし、そうするつもりもない」
『可能ならばとっくに実行しているから、と?」
「それもあるんだけど……俺の姿を取っているから、かな?」
『ふむ』
「害をなすつもりなら、わざわざ相手の姿を真似たりしないよ。威圧するなら恐ろしい怪物になればいい。食べるつもりなら巨大な獣になればいい。でも、君は俺の姿を真似た。こうして、話ができるようにした。つまり、対話を望んでいる、ということ」
『……』
「俺の推理、間違っているかな?」
『……くくく』
魔王の笑い声が響いた。
とても楽しそうだ。
『俺の器は、ただのお人好しというわけではないようだな。そして、バカでもない』
「ありがとう」
『貴様が言う通り、俺は対話を望んでいる。だからこそ、この機会を逃したくない。同じ姿を取り、言葉を交わせるようにした』
「俺も、君に会いたいと思っていたんだ」
倒せ、と言われたものの……
実のところ、そうするつもりはない。
まずは話をしてみる。
それで協力を得られるのなら、それでよし。
交渉決裂して。
修復できない溝ができて。
そうなった時、初めて対決をしようと思っていた。
相手は、魔王。
でも、話をすることができると思うし、俺と同じように物を考えて、感情を受け止める心があるはずだ。
時折、俺に語りかけてきたけど……
そういう時は、決まってピンチの時だったんだよね。
弱っている俺を乗っ取るというよりは、死なれたら困るから力を貸す、という感じ。
打算ありきの行動だけど……
でも、だからこそ、俺と同じような心がある、と感じた。
『だから、全部聞こえているぞ』
「今度はわざと」
『やれやれ……あえて心の声を聞かせることで、自分に害意はないと証明したいのか? ぼーっとしているようで、意外と考えているのだな』
「ありがとう」
『褒め言葉ではない』
照れているのかな?
『殺すぞ』
「ごめんなさい」
本気の殺意が飛んできた。
調子に乗ってしまったみたいだ。
「色々と脱線しちゃったけど、そろそろ本題に入ろうか」
『貴様のせいだろう』
「あはは。まあ、いい感じに緊張がほぐれた、ということで」
『俺は緊張などしておらん』
「そうだね」
緊張していたのは俺の方だ。
対話するにしろ対決するにしろ……
魔王と向き合わないといけない。
色々と口数が多かったのは、緊張していた証だろう。
でも、ほどよい感じに落ち着いて、ものを考える余裕も出てきた。
さあ、ここからが本番だ。
「対話を望んでいる、っていうことは、君にはなにかしらの要求があるんだよね? まずは、それを教えてくれるとうれしいかな」
『いいだろう』
魔王はニヤリと笑い、
『俺を喰らえ』
完全に予想外の台詞を口にした。




